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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 : アフガニスタン・パキスタン・イラン・イラク Part2

Part1 からのつづき・・・

◇ ソ連撤退後のアフガニスタン
 ソ連軍撤退後の政情が安定しない中、ゲリラ勢力は、ゲリラ同士の内紛が続く。
同じイスラム教徒であっても、宗派が違ったり、民族が異なったりで、ソ連軍と戦うという共通の目標がなくなった途端に対立を始めた。
アフガニスタンの最大の民族パシュトゥン人主体のゲリラ組織が頭角を現すが、この組織の後押しをしたのが、アフガニスタンにパキスタン寄りの政権を樹立したいと考えるパキスタン軍統合情報部(ISI)であった。
ISIは、ゲリラ組織でも、パキスタン国内にも多かったパシュトゥン人主体の組織を支援した。
アフガニスタンは、パキスタンの意向によって大きな影響を受けることになったのである。

◇ タリバンの出現
 ソ連軍撤退後、アメリカは途端にアフガニスタンに興味をしめさなくなる。アフガニスタンに大して興味がなかったのか、対ソ連に勝てばいいということだったのである。
アメリカが興味や感心を失った後に、アフガニスタンに新たに台頭したのがISIによって教育された“タリバン”だった。先の(パシュトゥン人主体の)ゲリラ組織を見限っての支援である。
このタリバンの庇護のもとで、やがて“オサマ・ビンラディン”が反米テロを計画することになる。
 タリバンとは、アラビア語で「神学生達」という意味で、パキスタンの神学校の卒業生たちが主体となっていたのでこの名前がある。

注) ソ連軍のアフガニスタン侵攻以来、戦火を逃れて多くの難民が周辺の国々に流出した。
特に、隣国のパキスタン西部には、パシュトゥン人が多く住んでいたことから、多くの難民が集まった。
この難民の子供たちに対して、イスラム原理主義団体が「神学校」を建てて、イスラム教を教え込んだ。
多くが全寮制で、男子を対象とした。大半は孤児だった。
ひたすら「コーラン」を暗唱させるだけで、「神のために死を恐れずに戦え」と教えられた。
指導者は、ムハンマド・オマル。




アフガニスタンにおけるタリバンの活動は目覚しく、治安も快復し、一般人も安心して街を歩くことができるようになり、タリバンはアフガニスタンの国民から歓迎された。
このタリバンをパキスタン政府とISIが支援する。
その結果、タリバンは瞬く間にアフガニスタン全土を支配するまでになった。
それまで内戦を繰り返していたゲリラ組織は追い詰められ、アフガニスタンの北部に集まり、反タリバン同盟を結成する。(これが「北部同盟」である。)

一方、タリバンは狂騒する。
国連を無視し、裁判抜きの残虐な仕打ちは国際社会の反発をかい、非難が浴びせられることになる。
その一例
アフガニスタンのバーミヤン周辺にはもともと仏教徒が住んでいて、岸壁に高さ55mと38mの二つの石仏が彫られていた。
日本に伝来した仏教も、インドからアフガニスタンを経由して中国に伝わったものといわれている。
この石仏を破壊したのだ。イスラム教は「偶像崇拝」を禁じ、アラーの姿やムハンマドの像を飾り拝むことはない。2001年2月、国内の仏像など全ての「偶像」を破壊し、そのあまりにも野蛮な振る舞いに、世界は慄然とした。

◇ パキスタンがタリバンを支援した理由
 世界の非難が集まるタリバンを、パキスタンはなぜ支援したのだろうか。
パキスタンには、北隣のアフガニスタンに自国寄りの政権を樹立したいとの願望があった。
パキスタンはインドと三回にわたって戦争をして全敗している。パキスタンがインドと対立すると、背後にあるのがアフガニスタンである。パキスタンにすれば、正面の敵と後顧の憂いなく戦うには、背後を身内で固めておきたい。後方支援基地としてアフガニスタンを利用しようという戦略である。
このために、アフガニスタンの政権が自国のいうことを聞くということは好都合なことであった。
パキスタンの難民キャンプで育ち、神学校で教育されたタリバンなら、アフガニスタンを支配した後、パキスタンの言うことを聞いてくれるだろうと考えたのだ。

◇ パキスタンの思惑は予想外の方向に進む
 タリバン流の極端なイスラム原理主義が、パキスタンに逆流するという事態は、タリバンを育成したパキスタンにとっては予想外のことだった。
即ち、アフガニスタンのタリバンの応援に駆けつけ、その後パキスタンに戻った神学生たちが、パキスタン国内でも、タリバン流の支配を目標に掲げて活動するようになった。
テロ活動も活発化した。

その頃、アフガニスタンでは・・
 タリバンの支配地域で、“オサマ・ビンラディン”によるゲリラの訓練施設が建設された。アラブ各国から若者が集められ、テロリストとしての訓練を受けていたのである。
・新疆ウイグル自治区でイスラム国家を樹立しようと活動するゲリラ
・ロシアのチェチェン独立運動のゲリラ
・インド・パキスタン両国の領土紛争が続くカシミール地域のゲリラ
など、世界各地でイスラム原理主義に基づくゲリラ闘争を繰り広げる組織の若者たちが集まり、訓練を受けていた。 
この若者たちが「アル・カイダ」のネットワークに組織され、その一部が、2001年9月、あのアメリカでの同時多発テロを決行。
ブッシュ政権は、タリバンに対しオサマ・ビンラディンの身柄引き渡しを求めたが、タリバンはこれを拒否、「テロリストをかばう者は同罪」として、タリバン政権の打倒を決定する。
アメリカ軍によるタリバン軍攻撃で、タリバン政権は崩壊した。

◇ アフガニスタンの新しい国づくりとタリバン復活
 軍事的に追い詰められたタリバンは、いったんアフガニスタンから姿を消すが、パキスタン国境付近に身を潜める。

一方、アメリカ軍の主力はアフガニスタンの治安の安定を待たずにイラク攻撃に向かった。
代わって、フランスやドイツなどNATO加盟を中心に治安維持に当たる国際治安支援部隊(ISAF)が、カンダハルなどタリバンが地盤とする南部各州で繰り返し打撃を与えるも、タリバンは昨年(08年)、ISAFやアフガン部隊が比較的手薄な南西部に拠点を構築し、首都カブール周辺でも「重大な存在感」を示していて、ISAFなどの武装勢力対策は前進しておらず、戦略変更を強いられているという。(09.01.28道新)  この展開図は09.02.19朝日新聞 ↓f0020352_1215446.jpg

 09.03.08のNHKTVの海外ニュースでアフガニスタンの現状を現地からの映像とともに伝えていた。
農夫が、雨が降らずかさかさに干からびた畑に鍬を入れていたが何を植えようとしているのだろうか。
タリバンは、8月に予定されている(カルザイ大統領の任期満了に伴う)大統領選挙を妨害しようと、市民に「投票するな!」と自動小銃片手に説得?している映像も流れていた。

選挙が終了するまでの半年間、その選挙に必要な警備警官(約8万2千人)の給与を負担するため日本政府は政府開発援助(ODA)から約141億円の拠出をするのだという。
治安情勢が安定しなければ、まともな選挙すらできない。アフガニスタンを安定させるための軍事、民生両面からなる総合的な政策=アメリカのアフガニスタン包括戦略の一環に日本は給与を負担することで円滑な選挙実現に貢献したい考えだ。
日本の新たな支援策は
①選挙実施のための資金協力=約50億円 
②テロ対策・治安改善支援=約154億円 
③貧困対策=約97億円
の三本柱。
警官の給与分は②に含まれアフガニスタンの給与確保などを目的に設立された国連開発計画の信託基金に拠出することになる。(09.03.08道新)

タリバンは、「外国人は皆アメリカの仲間だ」と考え、国際援助団体を無差別に攻撃している。(昨年8月、日本のNGO職員伊藤氏がタリバンに誘拐され、殺された。)
人々の暮らしを良くするために援助に行くと襲われるという困難な状態なのが現在のアフガニスタンである。
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by m-morio | 2009-03-17 12:19 | 市民カレッジ | Comments(0)