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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 : アメリカ Part3

独立戦争
 ヨーロッパで七年戦争(1756年~63年)が行われていた同じ時期に、植民地では、フレンチ・インディアン戦争(1754年~63年)が勃発した。
イギリスとフランスの戦争である。
この戦争の原因は、北アメリカの領土の奪い合いであった。
戦争の名称は、フランスがアメリカ・インディアンと同盟を結んで、共同でイギリスと戦ったところからついた。
アメリカ・インディアンにとってみれば、土地を奪うイギリスの植民者はにくいが、フランスは毛皮交易などを目的に植民地経営をしていたから、利害の対立はないのだ。

フレンチ・インディアン戦争は、イギリスの勝利で終わる。
勝ったイギリスは1763年の「バリ条約」でルイジアナを獲得した。これでフランスは北アメリカの植民地を失った。
イギリスが勝って、13植民地の人達はさらに、内陸部を開拓して、農地を広げることができた。
 ところが、1763年、本国はイギリス領になったルイジアナ地方を政府の直轄地として、13植民地者が入植することを禁じた。(この境界線を「国王宣言線」という)
植民地の人達はこの宣言線に対して反発した。  これが本国との最初の衝突であった。








その2年後、1765年、イギリス本国政府は13植民地に対して、「印紙法」を施行しようとした。これは、植民地で発行されるすべての印刷物に課税しようというものだった。
フレンチ・インディアン戦争での戦費を植民地に負担させるのがこの税金の目的であった。
 しかし、植民地側からすれば、入植地が拡大したわけでもないのに、金だけ取ろうという本国政府は勝手過ぎる。
しかも、それまでは植民地は税金を払わなくても良かったと同時に参政権もなかった。
植民地に住んでいても、国籍はイギリス人である。ところが、イギリスの国会議員を選ぶ権利がなかったのだ。
参政権がないまま、納税だけを迫られたので、13植民地は猛反発した。
このときの植民地側のスローガンは有名で「代表なくして課税なし」という。
この代表というのは、自分たちが選ぶ国会議員ことである。自分たちの意見を反映する議員を選ぶ権利もないのに課税されても困るということである。
 イギリス政府は植民地の猛反対で、印紙法を廃止したが、このあと似たような法律を制定する。
その中で再び植民地側の猛反発を受けたのが、1773年の「茶法」であった。
茶法は、イギリス東インド会の茶しか、13植民地での販売を認めないという法律。当時お茶(もちろん紅茶)はイギリス人にとって食事時に欠かせない飲み物だったので、植民地の人達はこの法律に猛反発する。ボストン茶会事件。
事件は、東インド会社の貿易船を襲って積荷の茶を海に投げ捨てた・・という程度のことではあったが、植民地の人達が本国に対して、実力行使をしたという点で、画期的な事件だった。(この事件は、アメリカで切手になったほどだ)

こうなったらもう本国イギリスとの対立は避けられなくなった。
そこで対応策を練るために13植民地の代表者が集まって会議を開いた。これが第一回大陸会議(1774年)。「大陸」と名がついているが、参加しているのは北米東海岸の13植民地のみであった。

そして、1775年、イギリス本国から派遣された軍隊と、植民地人の民兵の間で戦闘が始まってしまった。f0020352_1136362.jpg
これがアメリカ独立戦争の始まりであった。この既成事実にひっぱられるかたちで、「独立」という世論が後追いで産まれたのである。

この頃の植民地の人口は約250万人で、独立に関して中立の立場をとるのは120万人だったようだ。
このとき世論を盛り上げたのが、パンフレット「コモン・センス」(トマス=ペイン発行)・・常識・・の意味。
即ち、「植民地の権利を守らないイギリス本国から独立するのが常識だ」という内容。
12万冊発行された大ベストセラーとして有名。

戦争を率いたのがワシントン。兵力1.2万人と言われる素人集団。一方、イギリス軍は3万人。
植民地が勝つためには、他国の援助が必要だった。結果として、ヨーロッパ諸国は植民地を支援する。
1776年・・「独立宣言」をする。(トーマス=シェファーソンが起草)
ヨーロッパ諸国の援助を得るためには自分たちの正当性と、イギリスの暴挙振りをアピールするという目的があった。この宣言で、国名を United States of America としたのである。
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1778年・・フランスが参戦
1779年・・スペインが参戦
1780年・・オランダ、ロシアなどが参戦
こうした動きは、植民地の独立を支援したというよりも、イギリスにダメージを与えたいという思惑から出ていた。
1781年・・ヨークタウンの戦いで、アメリカ・フランス連合軍の勝利が決定的になる。
1783年・・パリ条約で、イギリスは正式にアメリカ合衆国の独立を承認。
1787年・・合衆国憲法が制定。人民主権、三権分立、連邦制が特徴。
1789年・・第1回連邦議会。初代大統領ジョージ=ワシントン就任。
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by m-morio | 2009-06-16 11:53 | 市民カレッジ | Comments(0)