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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

「死」のこと ・・・ その3

◇脳死と人口呼吸器
ところがここに「脳死」という新しい「死」が登場しました。
「人工呼吸器」というものが開発された結果の産物です。f0020352_10141398.jpg
頭部の外傷とか脳梗塞、脳溢血などが原因で、心臓などは大丈夫なのだが脳だけが先に死んでしまうということが起こりえる。
人工呼吸器というものが無い時代であれば、脳が死ねば呼吸が止まり、心臓が酸欠状態に陥って動けなくなるという一連の反応が極めて短い時間のなかで引続いて進行し、前記のように、心筋梗塞で死亡するのと現実的にはほとんど違いが生じなかったのです。

人工呼吸器の開発によって事情は一変しました。
(この機械は、本来は、患者の自発呼吸を回復させるまでの”つなぎ”として考案されたものだったとのこと・・・・。)
要は、人体が行う自発呼吸の代わりに呼吸を自動的に繰り返す機械です。

脳が死んで呼吸が止まる。その時この機械を使うと脳が死んでいるにも拘らず、血液に酸素を送ることができるので、心臓はそのまま動き続けます。
心臓は自立性があって、脳から直接指令を受けていないため、人工的に呼吸が行われて酸素の補給が途絶えなければ、心臓は従来どおり、拍動を繰り返していけるのだそうです。
このような状態のとき、人工呼吸器をはずすと、もう自力で呼吸する力はないから、やがて心臓も停止するのです。 

良く耳にするのがこの「人工呼吸器」のスイッチををいつ切るか・・・ですよね。

ところが、どこの病院でも脳死という状態が起こるのではないようです。
まず、人工呼吸器を持たない診療所などでは、脳が死ぬとそのまま心臓停止へと進んでいきます。

従って、脳死が発生するのは、
交通事故や脳溢血で患者が緊急に運び込まれる設備の整った救急センターや脳神経外科での可能性が多い・・・ということになるようです。
もちろん、搬送された全ての人が脳死になるわけではないでしょう。救急病院への搬送が遅れたり、人工呼吸器が塞がっていたりという偶然も影響して、脳死を経ないで、心臓停止に至るという状態を想定できます。

注)植物状態との違い
「植物状態」というのは、意志の疎通ができず、自力で移動、食物摂取もできない状態のこと。目で物を追うことはあるもののそれが何かを認識することができず、声を出すことはあっても意味のある言葉を発することはない・・・などの特徴を持った状態。
「脳死」は、いかなる刺激にも反応せず、瞳孔は拡大し、自発呼吸がなく、脳波も平坦な状態。

◇性急すぎないのか
ところで今回の臓器移植法の改正は、少々急ぎすぎではなかろうかという感触は否めません。
改正案は、平成18年に中山太郎衆議院議員が提出したものだとか。
しかし、その後どれだけ真剣に議論されてきたでしょうか。報道によれば、わずか三週間の討議・・・という。

今の臓器移植法ができて12年。施行から3年後に、法律の見直しが行われるはずであったとか。
しかし、現実には11年あまり店ざらしの状態だったのです。

ようやく先の国会で議論は始まったものの、死に体の麻生内閣では、まず採決ありきの議論だったように感じています。

さらに、短い議論の中でもその軸足が“臓器の提供を受ける側”(レシピエント)に置かれていたと感じたのは私だけでしょうか。

臓器移植に関する世界の動きが厳しくなってきて外堀を埋められつつあるという事情も理解できます。
(WTOは外国に依存することなく、自国での調達を促す方向性を打ち出しました。)

外国で移植手術を受けたいため、国民の善意の募金にすがり億単位の資金を必要とするという事情にも同情を禁じえません。
かといって、簡単に年齢制限を外すことが良いのでしょうか。

法律は改正されましたが、国会には(あえて言うならば、民主党政権には)、これからの臓器移植のガイドラインの策定に向けた十分な議論を続ける責任があるのではないでしょうか。

(つづく)
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by m-morio | 2009-10-03 10:25 | 日々雑感 | Comments(0)