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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史  核の諸問題 2

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今、「核兵器」にかかわるニュースで最も話題になっているのは「北朝鮮」「イラン」「イスラエル」かも知れない。
北朝鮮は、
核保有の既成事実化と核弾頭ミサイル計画を推し進めている。今更、核の廃棄など実現するのだろうか。
イランは、
「原子力の平和利用」と繰り返し表明しているが、それは本音なのか建前なのか。
米国のイスラエルに対する姿勢には極めて批判的である。
イスラエルは、
核開発について「肯定もせず、否定もしない」。とにかく中東での優位性を維持したいのであろう。
それぞれの国の動向を整理してみる。





■ 北朝鮮の動向

◇北朝鮮は旧ソ連の支援で1950年代後半から核開発を進め、86年には独自に開発した原子炉(実験用黒鉛減速炉)を稼動させるなど本格化させた。
2002年10月には、核兵器の開発を進めていることを認めた。
米国は、6カ国協議(米国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮、日本)の枠組みで、北朝鮮に対して核開発の中止を働きかけた。
2003年10月には、保管中だった使用済み核燃料棒約8000本の再処理を終えたと表明、05年5月にも同炉から新たな使用済み核燃料棒の取り出しを完了したと発表しており、米情報機関は「最大50㌔のプルトニウムを製造した可能性がある」と分析。
「核兵器6~12個分」との意見もあった。
パキスタンから遠心分離機を手に入れるなどウラン濃縮型の核開発も疑われているが、どこまで進んでいるかは不明である。

◇2006年10月、北朝鮮は核実験を強行した。
国際社会は猛反発し、国連では北朝鮮に対する経済制裁が決議された。
一時は、核開発を放棄するかのような態度を見せながらも完全には放棄していない。
更に、2009年5月には二回目の核実験を行った。
直前のテポドン2号の打ち上げをある程度成功させたという背景をあわせて考えると
「何が何でも、国際社会に“北朝鮮は、核保有国であることを認知させようと躍起になっている”」という印象を受ける。
そもそも核兵器を持つことが、北朝鮮の核開発の目的だったことを如実に表したのが二回目の核実験だった。
よく言われる「経済制裁などの見返りに核を放棄する」という考えなど毛頭ないと思われても仕方が無い。

◇北朝鮮は、“核保有国”という特別な地位を手に入れることで、国際社会で発言力を増すことができる・・・・・
と思い込んでいるのだろう。
自分たちは核保有国だからアメリカ、中国、ロシアといった核保有国とは同等の立場で交渉するけれども、日本や韓国とは前提が違うという論法で話し合いを拒否する道を進んだ時期もあった。
だから6カ国協議は終わったという主張なのかも知れない。
一方的な考えと思うのだが・・・・。

 米国も甘く見られている側面もある。
インドやパキスタンの例を見ると、核開発の過程では厳しい目を向けるが、いったん核保有国になれば寛容になるという対応を見透かされているのである。米国のイスラエルに対する処遇にも疑問をもっているであろう。イランなどはその最たるものだ。
北朝鮮は、2012年に「強盛大国」の門を開くという国家目標を立てている。
「核武装」と「経済再生」が強盛大国の2つの柱。
核保有国の仲間入りをして、米国との関係正常化を通じて経済再建の道筋を立てたいのであろう。
キム総書記の健康問題もあせりに拍車を掛けている。
10年間融和政策を進めた韓国の革新政権は交代した。
北朝鮮に譲歩を重ねたブッシュ政権も去って、脅せば相手は折れるという北朝鮮のこれまでのやり方が、通用しなくなった。

今の状況では6カ国協議の構図は5対1で北朝鮮は孤立している。
こうした状況では北朝鮮が6カ国協議に復帰する可能性は少ない。
北朝鮮にすれば6カ国協議は関係国から経済支援を引き出す場と考えているのかも知れない。
状況が変われば、北朝鮮の態度が変わることはありうる。
ただし、北朝鮮の核保有意思が明確になった以上、
「北朝鮮が核を放棄し、他の5カ国がその見返りを提供する」という6カ国協議の基本構造はくずれたのではなかろうか。

◇昨年(2009年)の5月頃までの様子は前記のような状況であった。

その後、昨年12月に大きな動きがあった。
北朝鮮が渇望していた米国との直接協議の場が実現した。米国側のボズワース特別代表がピョンヤンへ向かった。
この時の「焦点」は3つあった。
1 北朝鮮のカン・ソクジュ第一外務次官との会談が実現するのか
2 北朝鮮が6カ国協議への復帰を表明するか
3 2005年9月15日の6カ国協議で合意した「共同声明」を履行する意思を示すかどうか

→会談相手
カン・ソクジュ第一外務次官は、キム・ジョンイル総書記の側近、外相よりも強い権限を持ち、事実上の外交責任者と言われている。
結果としては会談が実現した。
北朝鮮の政策決定は、国防委員会委員長であるキム総書記一人が、すべての決定権を握っている。
6か国協議への復帰、核開発の断念という重大な政策決定を迫るからには、(キム総書記が決めた政策を忠実に遂行するだけの官僚相手ではなく)カン第一次官クラスとの会談が必要だった。

→6か国協議への復帰。
北朝鮮は、国連安保理による制裁決議に反発して「6か国協議は永遠に終わった」「復帰は絶対にない」と断言していた。
口ぶりが変わったのは、(昨年)10月に中国の温家宝首相がピョンヤンを訪問し、キム総書記と会談してから。
6か国協議への復帰を強く求める温首相に対し、キム総書記は、
「朝鮮半島の非核化は、2国間、多国間の対話を通して実現する。多国間の対話には6か国協議も含まれる」
という婉曲な言い回しで、事実上の軌道修正に応じた。

ただ、ここで忘れてはならないのは、一方的に、協議からの離脱を宣言し、核開発を再開したのは北朝鮮だということ。
6か国協議に戻れば良い・・・ということではない。「非核化」という意味では、スタートラインに戻ったことにすらならない。

→重要なのは3番目。(2005)9.19共同声明を履行する意思があるかどうかという点。
2005年に発表されたこの声明は6か国協議の原点だ。
・「北朝鮮は、すべての核兵器・核計画を放棄する」
・「アメリカは、北朝鮮を攻撃・侵略しない」
・「エネルギー、貿易・投資分野での経済面の協力を推進する」
この3つの柱から成り立っている。
しかし、核開発を再開した北朝鮮は、今、この合意とは反対の道を進んでいる。
結果としては、会談は実現したもののその成果ははかばかしくない。
相変わらずのらりくらりである。

悲観的な見方をするならば、
北朝鮮が対話姿勢に出てきたのは、今回が初めてではない。
クリントン政権末期には、オルブライト国務長官がピョンヤンを訪問、一気に雪解けムードが広がった。
ブッシュ政権の末期にもヒル国務次官補らが何度もピョンヤンを訪れ、親密な関係を印象づけた。
しかし、こうした対話の影で、北朝鮮は、こっそりと核開発、ミサイル開発を続けた。
今回も、国際世論に目くらましをかませ、核開発を推進するための時間稼ぎをしているにすぎないという印象である。

一方の楽観論は、今の北朝鮮が置かれている歴史的な流れから考えると、
20年前のベルリンの壁、それに続くソビエト連邦の崩壊は、北朝鮮にとって建国以来、最大の危機だった。
この危機を乗り切るために北朝鮮が選択したのが、
・経済改革と、
・核武装
だった。
経済特区を作って外資を導入し、経済の安定、立て直しを図った。
同時に、核武装によって安全保障、政治的な安定を目指した。
しかし、核実験によって国連から厳しい制裁を科せられ、外資の導入は大幅に減少。
食料や燃料の調達にも苦慮している。
北朝鮮が昨年11月末に、通貨を100分の1に切り下げるというデノミネーションを突然実施したのも、経済改革によって生じた貧富の格差を解消し、統制を強化しようという狙いがあるためと言われている。
改革による経済の立て直しと、核武装による政治の安定という当初の狙いは失敗であることが、ここにきて明らかになったのである。
国際社会は、北朝鮮に何度も裏切られてきた。
ただ、その一方で、北朝鮮は、今、国連による制裁に加え、キム総書記の健康問題や後継者問題を抱え、政治的にも経済的にも行き詰まっていることも確か。
核開発のための時間稼ぎは許さない。
そのうえで、6か国協議の場において
「核の放棄という政策転換を選択せざるをえないような状況を作る」
のが、肝要だと言われている。
のらりくらりと事を先延ばしされるのは迷惑な話なのだが。
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by m-morio | 2010-03-16 19:10 | 市民カレッジ | Comments(0)