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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

徳川幕府の時代

民主党の代表選挙が行われるという。
新聞紙上には
「理念なき権力闘争」「政策論争欠如」などの活字が躍る。
いったい今回の代表選は何のために争うのだろうか。
その辺が良くわからないから、「単なる権力闘争」にしか見えないのだろう。
もう、うんざりです。
民主党が衆議院選で大勝して政権交代を果たしたのが1年前の8月。
しかし、鳩山政権はあえなく挫折し首相は退陣した。そのとき政権の中枢にいたのが菅、小沢両氏であった。その二人がここで角を付き合わせるという。
しっくりこない。

特に、小沢氏は鳩山政権時の幹事長だったはずである。
首相を補佐できず、自らの「カネ」問題もあって首相と共に辞任に追い込まれた。
一説には、「菅首相が小沢氏に要職に就かせるつもりがないため」とか、極端なのは「首相になると在任中は起訴されない(本人の同意が必要)ので、その逃げ道として立つのだ」と穿った見方さえある。

さらに不可解なのが鳩山氏の行動だ。
菅、小沢、鳩山の3氏によるかつての「トロイカ体制」に立ち戻って、「挙党態勢」を構築するよう訴えたという。
菅、小沢両氏の会談を「責任を持って仲介の労を取る」とまで述べた。 いまさら「トロイカ」なのか・・・ ? だ。
「政治とカネ」の問題で引責し小沢氏とダブル辞任したばかりなのに、どういう脈絡からこうした発言が出てくるのだろうか。
首相辞任直後には、政界から足を洗うかのような発言をした人物の言動とはとうてい思われない。
菅首相は”友愛”が足りないだと・・・。 お坊ちゃまは”軽い”ですね。

庶民(国民)の多くは、未だ「政治とカネ」の問題で渦中にある小沢氏に首相を委ねる気持ちはないようである。
しかし、代表選に国民は直接投票できない。”諸先生”方や党員の方の良識にゆだねざるを得ないのである。 「良識」が通じるのか?分かりませんが。
今回の代表選は、菅政権が発足してわずか3カ月で実施される。党としての決まりごとだからやむをえない。   しかし、あまりにも短命な首相を生みかねない仕組みはいかがなものか。国際的立場からも・・・。
それでなくても、高齢者の所在不明問題で”日本は変な国だ”との印象を植え付けているのだから。





将軍がしばしば交代した徳川幕府においても、徳川家康から慶喜までの260余年間で15人です。
単純平均で17年。でも、中には5歳で就任し8歳で他界したという将軍もいました。
特定の人物や政党が長期間にわたって政権を保持することは好ましいとは言えませんが、最近の”この国”の状態は「異常」です。

また、時事問題に首を突っ込んでしまいました。
それはさておきまして・・・・。

「幕末」に随分時間を掛けました。
暑さのせいでサボったためでもありますが、取り敢えずは、江戸時代からは卒業しようと思います。
明治に少し時間を掛けます。
“榎本武揚”については、改めて記す機会があることでしょう。

江戸幕府は、徳川家康の征夷大将軍就任(慶長8年=1603年)から、徳川慶喜による大政奉還(慶応3年=1867年)までのおよそ260年余の間続きました。
この間、四方が海=島国という地勢を利用して(?)外国との接触を拒み、特異な文化を作り上げました。拒んだ・・・というよりも、交流がないのだから世界(他の国)の動向が分かっていなかったのでしょう。
黒船来航で慌てたのです。

 幕府は、諸大名を統括しますが、その領土へは直接関与しない。
地方自治といえば、聞こえがいいのですが、その実はほったらかしというやり方でした。
当時、幕府は大名からいっさいの税を徴収していません。
その代わりに、築城・治水・新田開発などに「人・物・金」を出させて、大名の懐を疲弊させ、勢力の蓄積を阻んだのです。参勤交代もその策の一つでしょう。
“庶民”の立場に注目してみても、幕府にとって大名の領地に住む者のことなど端から念頭に無かったのです。
現在の地方自治体とはまったく違っていて、お家騒動や領内での一揆が起こったら”潰すぞ”と脅すだけでした。 極端かなぁ!

徳川幕府は鎖国政策をとりました。鎖国によって”外交”という国家の義務や”国防”という任務も放棄していたのです。
確かに、オランダや中国大陸や朝鮮半島との接触はありましたが、とても外交といえるものではなかった。
徳川幕府は、ただ直轄領のみの政(まつりごと)を担う機関でしかなかったのです。

そんな脆弱な基盤しかもたない幕府がなぜ260余年も続いたのでしょうか。
いろいろな受け止め方があると思います。
諸々の資料を通読するとき、一つの結論めいたことに行き着きます。
それは、
「政治は、上に立つ人がやることで、俺たち庶民には関係ない。
庶民には、お上には逆らえないという”おまかせの気質”が、脈脈と受け継がれてしまっている」
のではないでしょうか。

今の世相もそういう視点から見ますと、なんとなく腑に落ちるような気がするのですがいかがでしょうか。

日本の庶民はあきらめきっているのではないでしょうか。

汚職・裏金など権力を握る人たちの不祥事が新聞を賑わします。
権力のあるところに腐敗が生じています。 その最たるものが お金 なのでしょう。f0020352_18282553.jpg

もう一度いいますが、
つい最近、能力の無さを露呈して首相の座を放棄し、やはり金で躓いている幹事長を道連れに一線を退き、政界からも身を引くような発言をしていた御仁が、なぜかしら民主党の代表選を仕切るかのような振る舞いをしている。わけが解らないです。腹が立つのです。

古来日本には”世襲”という仕組みがありました。一部には未だ継承されています。
歌舞伎に代表される芸能や、刀鍛治などは、世襲を続けることで技を磨き、その粋を極めようとしますが、「官」は代を重ねるごとに悪弊を貯めていくといったらいい過ぎでしょうか。
今の政治家に世襲議員が多いことはご承知のとおりです。
江戸時代には、将軍の地位を狙った熾烈な争いが表・裏にわたって繰り広げられました。
“血筋”がモノをいいました。
今もてはやされる「時代小説」はそうした地位・権力に群がる武士、商人の葛藤を描いたものが少なくありません。

閑話休題
兎も角も260余年にわたる江戸時代は終焉を向かえ、明治維新へとその流れは引き継がれます。
明治維新を「夜明け」の表現されることがあります。
島崎藤村の「夜明け前」を引き合いにしての表現でしょうか。
本当に”夜が明けた”のでしょうか。
下級武士による不満が暴発した明治維新は、庶民の参加は殆ど無く、結果として庶民にどんな変化があったのでしょうか。もう少し勉強します。f0020352_183047100.jpg
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by m-morio | 2010-09-01 18:37 | 井蛙のつぶやき | Comments(0)