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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 トルコとクルド人

「クルド人」については、 「クルド民族」 と題して既に簡単に触れています。
関心のある方はそちらもご覧ください。

2010年秋の講座は、「トルコとその周辺」を統一テーマに4回の講義を受けることになっている。
従って、「クルド人」とのかかわりはあまり深くはない。
この講座の第3回(今回は第17回)で「クルド人」を取り上げていることもあって深入りはしていない。
そこで、ここでは簡単にエキスのみを箇条書き風に書くにとどめることにする。

▼クルド人とは?
・ 「国を持たない最大の民」といわれる。
・ 紀元前からの山岳民族で、遊牧民としての生活。
  講座で、見せてもらった映画の一部(「群れ」・・クルド人の監督作品)で、峻険で殺伐とした岩山を羊を追って   の生活を垣間見た。
・ オスマン帝国時代は一定の地域にまとまって生活をしていたが、第一次世界大戦でオスマン帝国が崩壊し、
  トルコ共和国が誕生したときに、英国、仏国によって住民の意思とは無関係にこの”居住区域”を分割されてし  まい、トルコ、イラン、イラクなどに分散させられてしまった。
  そして、いずれの国でも少数派として、その存在を無視あるいは軽視されてきた。
・ こうした背景もあって、”民族”意識が育たず、民族統一意識が希薄である。
・ この辺に独立国家達成への困難さが伺える。既に、独立は無理だ・・・と諦観しているようでもある。
・ その総人口は3600万人ともいわれ、中東においては、アラブ人、トルコ人、ペルシャ人に次ぐ大きな民族集団  である。
  ユダヤ人の人口が1300万人ほどでイスラエルという国家を形成していることと比較される。

▼トルコにおけるクルド人
 1921年、オスマン帝国から独立して、トルコ民族のトルコ国家が誕生した。
トルコ側は、われわれの国には「民族問題は存在しない」との立場からスタートした。
すなわち、クルド人は「山のトルコ人」なのだとの認識を持ったのである。
トルコの「弾圧」、クルドの「反政府テロ」という対立の構図は、不毛な憎悪のみ増大していった。
時を経るに従い、トルコ側に弾圧政策への見直しが進む。  国家のイメージへの配慮が働いた。
言い換えると、見直しをせざるを得ない状況になった。

いま、トルコにとって大きな課題は「EUへの加盟」である。
トルコはその国土の大半がアジアの西端にあるが、最大の貿易相手はEU(欧州連合)であり、政府と多くの国民が欧州の一員に加わることを悲願としている。

正式加盟を申請したのが1987年のこと。
しかし、21世紀に入ってはや10年、EU側はいまだに加盟を渋っている。

トルコのEU加盟には、経済上の基準に合格することが必要な上に、クルド人に対する軍事抑圧が人権問題として大きなネックになっている。
「クルド」についてトルコ政府が最も苦しんでいるのがこの点である。
なんとか西欧基準の民主主義の形を整えて、西欧の批判をかわし、EU加盟にこぎつけたいのである。

「クルド人」についての参考書としては
「クルド人 もうひとつの中東問題」(川上洋一著 集英社新書 2002年)
がお勧めだ。
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by m-morio | 2010-10-24 10:24 | 市民カレッジ | Comments(0)