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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 トルコとアルメニアの国交樹立の行方~その2~

▼国際社会の関心
日本ではあまり知られていないが、欧米では重大な国際問題として関心を持って取り上げられてきた。
冒頭の、調印式典に各国の外相らが出席したことでもその関心度が伺われる。
EU・ヨーロッパ連合は、大量虐殺だったとの認識。
フランスの議会は、虐殺を否定する演説や出版を禁止する法案を可決。
アメリカは、下院の外交委員会が虐殺を非難する決議を可決。

このように、虐殺という認識を示す国は多く、これがトルコのEU加盟のネックともなってきた。
アルメニア人は、本国には300万人ほどだが、海外にはこの2倍以上いると言われ、ユダヤ人と同じように海外で虐殺を非難する活動を積極的に行っている。
注)この点も、ユダヤ人のロビー活動に似ている。
トルコ側としては、虐殺を認めれば、補償の問題や領土の割譲にも発展しかねない。
▼トルコ
欧州へのエネルギー供給路の戦略的要衝に位置し、EU(欧州連合)加盟を目指すトルコは紛争地域がひしめくカフカス地方で影響力を強め、国際社会での存在感拡大を狙う。
▼アルメニア
内陸国アルメニアは、アルメニア人住民が多いアゼルバイジャンのナゴル・カラバフ自治州の帰属などをめぐり隣国アゼルバイジャンと敵対している。
黒海や地中海に面し、欧州との陸路もあるトルコは魅力的な貿易相手国で、これまで隣国グルジア経由で貿易が行われてきた。
▼アゼルバイジャン
アゼルバイジャンはイスラム教徒が多数派の国だが、内陸にある「ナゴル・カラバフ自治州」は、住民の8割がアルメニア人。
彼らは、アルメニアへの帰属を求めて、1980年代に武力衝突に発展。91年には一方的に独立を宣言。
その後、停戦が成立したものの住民の対立は今も続いている。
そのアゼルバイジャンを同じイスラムのトルコが支援し、アルメニアと対立してきたことから、トルコとアルメニアの関係正常化には、アルメニアとアゼルバイジャンの対立が大きな障害になっていた。





▼その両国がなぜ国交樹立に踏み切ったのか
・トルコ側の事情
トルコにとって、EU加盟と中央アジアとの関係強化は目前の重要課題。
特に、EU加盟のためには、アルメニア問題の解決を迫られてきた。
しかし、国内での強い抵抗があって、なかなか前に進まなかった。
それが大きく動き出したのは、中央アジアや中東など東への積極外交が背景にある。
注) トルコは、アゼルバイジャンやトルクメニスタン、カザフスタンなど中央アジアにモスクや学校の建設、コーランや教科書の寄贈、留学生の受け入れなどを積極的に行い、シリアやイラクなど中東諸国とも関係を強化している。
このように地域における大国を目指して外交を強化。
経済発展を推し進め、地域での存在感を高めるためにもアルメニア問題に決着をつけなくてはならなくなったのである。
・アルメニア側の事情
国際的な孤立からの脱却と経済の建て直しが大きな理由。
アルメニアは、西にトルコ、東にアゼルバイジャン、北はグルジア、南はイランに囲まれている。            東西を敵対する国に挟まれ、いわば陸の孤島となっている。 これといった産業もなく、海外のアルメニア人からの支援に頼り、物資や安全保障はほぼ全面的にロシアに依存している。 しかし、ロシアからの物資、エネルギーはグルジアを経由して入っていたのだが、グルジア問題が発生し、ロシアとの対立が激しくなって物資の移動も不安定になっている。  経済的に非常に厳しい状況に追い込まれ、経済の建て直しのためにも、トルコとの関係正常化、国境の開放が欠かせない。 
                                      
▼ 2国間だけの問題ではない
  アメリカとロシアが、関係正常化を強く後押ししたのは、この地域の資源とイラク・イランと接する地政学的な重要性、そして安全保障の側面からの2カ国が重要な鍵を握るからである。

▼ “虐殺”かどうかの解釈
  この問題はまだ決着していない。
  今後、専門家による合同委員会が設けられ検証することになっていた。

▼ この和解はすんなりといくのか
  簡単ではなかった。
10.04.27の朝日新聞に次のような記事が載った。
          トルコとアルメニアの和解に危機 国交樹立協定批准凍結
アルメニアのサルキシャン大統領は
先週、隣国トルコと昨年10月に結んだ国交樹立協定について、国会批准を凍結する大統領令に署名した。
「トルコは無条件で和解プロセスを進展させる用意がない」と非難している。
 オスマン帝国末期のアルメニア人大量殺害の歴史認識の違いを超え、米国の仲介で協定締結までこぎ着けて歴史的な和解を果たすはずだったが、第一歩からつまずく形になった。
 トルコは批准の条件として、自国の友好国アゼルバイジャンから分離独立しようとの動きがあるナゴルノ・カラバフ自治州に、アルメニア軍が軍事介入した件で、撤退交渉の進展を要求。
アルメニア側はトルコが批准手続きを遅らせていると非難していた。
 アルメニアは、第1次世界大戦下の1915年に起きた150万人ともいわれるアルメニア人殺害を「ジェノサイド」と呼び、「戦乱の中で起きた不幸」と主張するトルコと対立。
ソ連崩壊後はナゴルノ・カラバフを巡っても対立を深め、93年には両国の国境が閉鎖されていた。
 

この地域は、アジアとヨーロッパが交じり合う文明や宗教の交差点として戦略上重要な地域。
民族や宗教の多様性、地政学上の重要性と豊富な資源が大国の介入を招き、紛争が絶えなかった。
それだけに、この2国間の関係正常化によりアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ問題の解決への展望も開け、地域の安定と発展への期待が膨らみはじめた・・・・・と期待された。

関係正常化は、
政治的な色彩が強く、国民レベルではまだまだ相互の不信感が根強く残っているといわれていた。

しかし、ここにきて、政治的にも関係改善が頓挫してしまった。 (完)
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by m-morio | 2010-11-16 12:32 | 市民カレッジ | Comments(0)