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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

臓器移植のこと

家族承諾による臓器提供を行った家族が新聞社の取材に答え「当時の揺れる思い」を語った
・・・・という記事が載った。

家族の承諾で脳死での臓器提供ができる「改正臓器提供移植法」が昨年7月に施行された。
提供数は大幅に増え、1月26日(2011年)現在、全国で32例になったとのこと。
しかも、うち30例が家族の承諾による提供。(11.01.28付道新)

移植法が1997年に施行されて以降、提供数は多くても年間13例で推移してきたが、改正法施行後は急増した。


70歳を過ぎてしまった私には、角膜を除いては年齢制限に抵触して提供できない。
だから「提供」する立場になる可能性は低い。
しかし、家族の中から「脳死」状態になる者が出ないとも限らない。
その場合には、私は「提供」の「是」「否」の決断を迫られることになる。
・・・もちろん、そんな事態など経験したくもないのだが。。。

先の報道の記事を見て、考えさせられた。
家族が提供したという「故人の病院での写真」も載せられていた。
「家族も一緒に写っているが下を向いている」・・・見る人が見れば誰かを特定できそうな気もする。
昨年9月に臓器提供を家族の承諾で行ったという。

当時の記事を見ると、様子が分かる。
当該病院は、全国で病院名の公表を控える中、病院名や家族承諾の経緯を、家族の了解のもとで公表している。
そして、病院としては、「経緯の公表で、移植医療の理解が深まる」
と・・・・・。

今回の記事には、家族の苦渋の決断だった様子が細かく書かれている。
体を傷つけたくないけど・・・・「母さんの意思を大事に」との一念のようだ。

以前、「臓器提供」について私見を書きました。
「死について」その4では、「遺族の決断」について触れました。

なぜ、マスコミは提供者の遺族をこうまでして追うのでしょうか

本来、関係者の氏名等は伏せられているのではないでしょうか

こうして表ざたに取り上げられるということは、誰かが明らかにしたのでしょうか

病院関係者だろうか。新聞社の執拗な追求に負けたのだろうか

それとも、家族が名乗り出たのだろうか?

当時、私が言いたかったのは、一点でした。

遺された身内の者は、臓器を提供するか否かという究極の決断を迫られ、精神的にf押しつぶされそうな極限状態にあったはず。
遺族が辛い判断に迫られたのだから、その後マスコミに追われるようなことになって欲しくない

・・・という。
これは、私の身勝手なのでしょうか。

記事の家族の方は、マスコミの取材を二つ返事で引き受けたとは思われない。
ましてや、今回の記事の場合は、提供後4ヶ月ほどしか経っていない。
相当な葛藤もあったのではないだろうか。
そっとしておいてあげられないものなのでしょうか。

「脳死患者の家族のケア」が話題になります。
それは
第1期・・入院直後
第2期・・入院2~4日
第3期・・脳死を受けとめる時期
などといわれるらしい。

しかし、それで事が終わるわけではない。
家族は、一生 「提供したことが”よかったのか”」 と思い悩むといいます。

今回の記事は、脳死と判定されて僅か4ヶ月です。
家族の方々の気持ちが落ち着いた・・・とはとても思えないのです。

そんなタイミングでこうまでして記事にしなければならないのでしょうか。

勝手な想像かもしれませんが、法改正後、道内では家族承諾による臓器提供は3例あるという。
この方はその3例目とのこと。
勘ぐると、他の2例の方々の氏名などを調べ上げ、取材を申し込んだ可能性だって否定できない。

臓器提供者の個人情報は保護されるのではないのか
どこからか漏れたとしても、それを記事にするのはいかがなものか

・・・・・ただし、遺族が進んで申し出たのであれば私の一人相撲です。
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by m-morio | 2011-02-10 19:01 | 日々雑感