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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 緊迫する中東・アフリカ情勢⑦

▼イエメンf0020352_10364157.jpg
ウサマ・ビンラディンの殺害に関するいろいろな疑問が取り沙汰され、専門家の意見を踏まえながらの解説が紙上をにぎわしている。
・なぜ遺体を「水葬」したのか
・パキスタンの首都近郊で敢行した今回の作戦が本当に米単独で可能なのか
 ・・・・パキスタンは関与していないのか                       
・本人だと断定した鑑定に疑問はないのか

などなどである。

それはそれとして、

「ウサマ・ビンラディン」「アルカイダ」・・で直ぐに思い起こす国が「イエメン」である。
湾岸諸国の中でも貧しい国としても知られる。
政治と経済の貧困がアルカイダに付け入る隙を与えた。テロの拠点ともいわれている。
(5月)4日には、イエメンを拠点とする国際テロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の幹部は、「(アルカイダ指導者の)ウサマ・ビンラディン師の死に対して報復し、神の敵にこれを示す」と表明した
・・・と伝えられた。

そのイエメンに、中東・北アフリカにおける民衆による反政府運動が飛び火している。

「イエメン」を概観してみる。

◇国の概況
面積・・・日本の約1.5倍
人口・・・約2358万人(2009年)
首都・・・サヌア
民族・・・主にアラブ人
言語・・・アラビア語
宗教・・・イスラム教(北部にシーア派、南部にスンニ派)
産業・・・他の湾岸諸国と違って、石油資源は少なく、アラブ諸国では最も貧しい国

歴史的には、北部をオスマン・トルコが、南部を英国が支配した経緯もあって、南北イエメンでたびたび武力衝突が発生した。
1989年11月、南北統一。
1990年に現在のイエメン共和国が成立。
しかし、共和国が成立したものの、1994年には南北対立が再燃し内戦が発生。旧北部側が勝利し、統一は維持された。
従来から、貧困や地域格差等の経済・開発上の課題を抱えているが、近年は「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)によるテロ、北部におけるザイド派(シーア派の一派)武装勢力による武装闘争、南部諸州における分離運動、部族による外国人誘拐といった治安上の課題を抱えている。
特に、AQAPは、09年12月デトロイト行き米航空機爆破未遂事件、10年10月シカゴ行き貨物機に小包爆弾を仕掛ける爆破未遂事件を起こした。

長期政権を率いるサレハ大統領は、もともと反米的な立場だった。
ところが、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされるウサマ・ビンラディンの一族がイエメンの出身だったこともあり、サレハ大統領は、ブッシュ前政権が進めた「テロとの戦い」に協力する姿勢をとってきた。

11年1月のチェニジア政変、その後のエジプト情勢の影響を受け、首都サフアでデモが発生。
サレハ大統領の去就が注目されている。





◇テロの拠点
イエメンが国際社会の注目を集めたきっかけは、
この事件。
「09年12月25日に米デトロイト上空で起きたデルタ航空機爆破テロ未遂事件。
ナイジェリア国籍の容疑者は、イエメンでアルカイダ関係者から犯行を指示され、爆発物を受け取ったと供述した。米英両国がイエメンの大使館を一時閉鎖し、日本も領事業務を停止した。 
イエメンに拠点を置くアルカイダ系の武装組織「アラビア半島のアルカイダ」がテロ未遂事件の犯行声明を出し、今後も米国への攻撃を続けると警告した。オバマ大統領もこの武装勢力が事件に関与したと断定した。      首都サヌアで国際テロ組織アルカイダによるテロ攻撃の恐れがあるという。 テロ組織が拠点を置くイエメン情勢は、きな臭さを増している。」・・10.01.05 日経

 現在、イエメン国内で活動するアルカイダのメンバーの数は、200人から300人と推定されている。
もともと国民の間で、反米感情が強く、貧困に苦しんでいるという背景がある。
そして、政情不安が続き、中央政府のコントロールが十分に行き渡っていないことがアルカイダの浸透を招いた最大の原因。
イエメンの北部では、シーア派の反政府勢力との戦闘が起き、一方、南部では、もとの南イエメンの住民による分離・独立運動がくすぶっている。
こうした不安定な政治情勢が呼び水となって、アフガニスタンとパキスタンから大勢のアルカイダの戦闘員がイエメンに流入してきた。
アルカイダに対する掃討作戦が行われたサウジアラビアやイラクからも多数のメンバーが避難してきたらしい。
「アラビア半島のアルカイダ」は、イエメンとサウジアラビアのアルカイダ系組織が統合する形で結成された。

また、アデン湾の対岸にあるアフリカのソマリアとの関係も見逃せない。
内戦が続き、事実上、「破綻国家」となっているソマリアのイスラム過激派組織と、イエメンのアルカイダが互いに連携する動きが活発になっているからである。
そして、国際的な問題になっているアデン湾を航行する各国の船を狙った海賊事件が、ソマリアとともに、イエメンが海賊の拠点となってしまった。
これまで「アルカイダ」がネットワークを広げてきたのは、アフガニスタンとパキスタン、イラク、ソマリア、そして、イエメンと、政府による統治がうまく行っていない国や地域である。
いわゆる「破綻国家」が連鎖的に生まれる状況を止めない限り、国際テロの拡散を抑えることはできないと報道されている。                                                                                
アルカイダの元指導者ウサマ・ビンラディンの人脈がうごめき、貧困を背景に「テロの輸出」の拠点となったイエメン。
貧困に起因する国内問題がテロの聖域を作り出し、アルカイダは、一人当たり50~100万円程度でメンバーを勧誘していると言われてきた。

テロ組織の活動を抑え込むには、イエメンの内政安定が前提となる。

◇チュニジアからの飛び火
 イエメンで反政府デモが発生したのは、1月22日。
首都サヌアや南部主要都市で学生や野党勢力ら数千人が集まってサレハ大統領の辞任を求めた。
21年にわたって同大統領による独裁体制が続くイエメンだが、大統領を名指しした大規模な抗議活動は初めてとみられる。                                          
チュニジアでベンアリ前大統領の亡命につながった民衆蜂起が飛び火した。
サヌアでは約2500人のデモ参加者が 「アリ(サレハ大統領の名前)よ、友達のベンアリの所に行け」
と叫んだという。
 
イエメンでは、今回の騒乱前から、                                                  
▽北部でのイスラム教シーア派の一派ザイド派の反乱
▽国際テロ組織アルカイダ系団体「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の活動  
▽南部での分離独立運動
                                                 
という「三重苦」に直面してきた。
高失業率や大統領周辺の腐敗、地方開発の遅れなど、国民はチュニジア同様の環境の中で苦しんでいる。
イエメンはテロ対策で米国の支援も受ける。  
しかし、掃討作戦で民間人が死亡しており、反米、反政府感情は強い。 
前述のように、AQAPは米欧を標的にした爆破テロ未遂事件も起こしており、サレハ体制の動揺は、国際テロの活発化を招く懸念もあり、民主化は「もろ刃の剣」と見る専門家もいる。

◇その後経過
・2月2日
サレハ大統領が、2年後に退陣し、息子への権力承継も行わないと表明。
・2月26日
8万人規模のデモ。治安部隊が発砲、11人死亡。大統領派有力者が与党を離脱。
・3月7日
サヌアにある刑務所の受刑者数千人が、10人の職員を人質にとり大統領の辞任を要求。
・3月18日
デモで治安部隊が発砲。死傷者約140人
・3月21日
大統領側近の軍幹部18人が、反体制派の支持を表明。また、有力部族ハシド部族の長老もデモを支持する意向を示した。
イエメンは一触即発の状況だが、大統領派強硬姿勢を崩さず。
・4月4日
デモと衝突。交渉はこう着状態。
・4月9日
サウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国が、大統領派と反大統領派の仲介に乗り出すし、サレハ氏の「名誉ある退陣」に向けた調停案を提示する以降を示した。
これまで政権支持してきた米国も、「退陣不可避」の認識に傾いていると報道された。
サレハ氏は「いかなる調停案も拒否」すると強気。
・4月23日
サレハ大統領が、湾岸協力会議(GCC)の示したイエメンの政治危機収拾案を受諾した、と報道。

収拾案は、サレハ大統領が早期辞任する見返りに、大統領と親族らの刑事責任は追及しないとする内容。   正式受諾した場合、早期辞任要求を拒否してきた大統領が屈した形となり、イエメン情勢は重大局面を迎える。(・・はずだった)

GCCが提示した収拾案は、

〈1〉大統領は、政権側と野党勢力が同案に正式合意した時点から30日以内に辞任する
〈2〉大統領権限はハディ副大統領に移譲する
〈3〉挙国一致政府を樹立し、大統領辞任後60日以内に大統領選挙を行う
(4)大統領と家族、顧問団に不訴追特権を与える                                         

――という内容。

しかし、大統領側が退陣の詳しい時期については言及を避けていることから、デモに参加してきた市民の間では「大統領は退陣をちらつかせて政権の延命を図っている」といった不信感が広がっているほか、仲介案が大統領は訴追を免れるとしていることにも反発が広がっており、事態が収拾するまでにはなお多くの曲折が予想された。
・4月30日
サレハ大統領は、反体制デモの激化を受けて湾岸協力会議(GCC)が提案していた大統領辞任を含む政治危機収拾案への署名を拒否した。
収拾案を巡っては、大統領側と野党の代表が署名して合意が成立するとみられていたが、大統領による土壇場での署名拒否で情勢は再び混迷。
GCCの収拾案は4月23日にはイエメン国営テレビが、大統領は収拾案を受諾したと報じていた。
ところが、サレハ氏は30日、収拾案に、大統領としてではなく、与党「国民全体会議」(GPC)党首として署名することを主張。                                                            
野党側は、合意の前提が崩れたと反発。                                                                     
・4月30日
 GCCのザヤニ事務局長が、イエメンの首都サヌアを訪れ、大統領に合意文書への署名と、1日のサウジの首都リヤドでの調印式への出席を要請。                                      
これに対し、大統領は大統領名での署名を拒み、説得にも応じなかった。                         ザヤニ氏はイエメンを出国し、調印目前だったGCCの仲介は暗礁に乗り上げた。
大統領はザヤニ氏に与党の国民全体会議(GPC)党首名での署名を主張したといい、条件闘争のための駆け引きや時間稼ぎを狙っている可能性もある。

しかし、大統領や親族の追訴の免責などの大幅な譲歩を受け入れた反体制派は、大統領の署名拒否に反発を強め、デモを拡大させる構えを示しており、再度交渉のテーブルにつくかは不透明だ。



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by m-morio | 2011-05-05 11:06 | 市民カレッジ | Comments(0)