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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 中国は多民族国家か? ①

2011春・夏の現代史講座が始まりました。
4回の講座の 統一テーマは 「中国は多民族国家か?」 です。

「?」が付いています。

その意味は・・・・追々分かってくることでしょう。

初回は、その導入として、そして比較対照の意味合いを込めて、ソ連・ロシア と オスマン帝国 の民族 が 
取り上げられました。

▼ソ連は、17世紀後半から18世紀にかけて ピョートル大帝がロシア帝国を統治しました。
当時のロシア人には、ソ連は「後進国家」であるという意識が根付いていたようです。
そのソ連邦が1991年に解体して、多くの国・民族が次々と独立していくことによって、多民族国家はロシア人の民族国家へと変貌しました。
しかし、民族問題は、尾をひいています。「北カフカス」地方の小民族のイスラム地域です。
小民族がために独立できなかったのでしょうか・・・。
イスラム教徒が大半を占めるチェチェン共和国はこの地方では突出して過激な行動で知られています。
このチェチェンについては、既に本稿で触れましたので割愛します。
興味がありましたら以下をご覧ください。
06.07.01 チェチェン
06.11.01 チェチェン 再び
10.04.07 また、テロが・

▼一方、オスマン帝国ですが、
国名の由来は、建国者の一族がトルコ人のオスマン族だったところにあるようです。
トルコ人はもともとモンゴル高原から中央アジアにかけての草原地帯で遊牧生活をしていました。
これが、長い時間をかけて、西に移動していきます。はじめは、イスラムの国々の軍人として重宝されました。
遊牧民族ですから、騎馬兵として活躍の場を得ていたのです。
やがて、部族ごとにイスラムに改宗して西に移動します。
詳細な歴史は省略しますが、こんな経緯を経ながら、国を建て、ヨーロッパに向かって領土を拡大し、一大帝国を築きました。
トルコ人は、文化面などでの先進地域に参入していくのですが、常に“後発民族”との意識を持っていました。
したがって、軍事面においては卓越した能力を発揮しても、行政や文化面では他民族の優位性を謙虚に認識しました。
よって、帝国存立の不可欠な要素として他民族の存在は無視できないものがありました。

▼そんな前置きから、本題の“中国と民族問題”に進みますが、その前に「国旗」のお話を・・・。

講師はときどき国旗を話題にします。
国旗の歴史やそのデザインの意味するところはなかなか興味深いものがあります。

今回は、旧ソ連、ロシア、中国の国旗です。

配布された資料から引用します。

まず、旧ソ連邦の国旗。f0020352_11272593.jpg
社会主義のシンボル「赤旗」の代名詞として知られた旧ソ連の国旗は、赤地に染め抜かれた「ハンマー」は工業労働者、「鎌」は農民、「金の星」は5大陸の労働者の団結を象徴し、赤地は、革命を表すと言われている。





1991年のソ連邦解体によって、74年振りに復活したのがこの白・青・赤三色の国旗。f0020352_11283368.jpg
元来は、ピョートル大帝がオランダを訪問した際、その横三色旗にならって、配色を変えて考案したもの。







ちなみに、オランダの国旗f0020352_11325494.gif





そして、中国の国旗。f0020352_11285525.gif
旧ソ連の国旗に似ています。
通称「五星紅旗」(ごせいこうき)は、旧ソ連邦の国旗を手本にしたと考えられています。
最大の1つ星は、中国共産党を示し、これを囲む4つの小さな星は労働者、農民、知識人、愛国的資本家の4種の人民階級を表すものといわれてきましたが、最近では、5つの星は、中国共産党の指導下にある全国民の団結を意味するという、抽象的な解釈をとるようになっているらしい。

以上 プロローグ です。
中国は、民族問題に限らずいろいろな意味で話題の多い国。
今月の講義を楽しみにしています。
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by m-morio | 2011-07-08 11:38 | 市民カレッジ | Comments(0)