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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

「雨龍沼自然館」写真ギャラリーopenに寄せて

富士山の世界遺産への登録を阻むのは何か?・・改めて言うまでもありませんが放置されたゴミの山といわれています。ひと頃は登山者によるポイ捨てゴミでしたが、先日のテレビ番組によると、その元凶は今や産業廃棄物と思われるゴミが取って代わり、道路わきに累々と放置されているといいます。これは富士山に限ったことではありません、釧路湿原もその埒外でないことも報じられました。更に身近なところでは、あの野幌森林公園では私自身ゴミの山に直面しています。なんとも嘆かわしい事態です。

北海道の新聞に ”中高年・らくらく登山” というコラムがあり先月下旬に51回の連載を終えました。
その最後の記事に 「進む自然破壊」・・・入山料を徴収し保護を・・・ という一文が掲載されました。引用します・・

国立公園の特別保護区では山小屋か指定キャンプ地でしか宿泊できない。しかし驚くことにこれらにはトイレがない。当然、付近のお花畑にトイレ道が延び、一帯は汚物だらけだ・・・・・・
の書き出しで(中間 略 以下要点を)
整備の必要性は官庁も承知しているが予算難で進んでいない。この問題は北海道だけではない。ある調査では大多数の人が環境保護目的の入山料を徴収して対応すべきだと答え、役所よりも払う側の登山者のほうが積極的だ。道内では、雨竜沼湿原で500円の協力金を任意徴収しているが、徴収に対する不満は聞かない。昨年度は500万円の収入があり、コースや駐車場整備の大きな財源になっている。今後、大雪山系などでも検討して欲しい・・・
と結ばれていました。

このたび(4月1日)、雨竜町道の駅の「雨龍沼自然館」に熊五郎先生(雨竜町在住 写真家 岡本洋典先生)の写真ギヤラリーがオープンし雨龍沼湿原の四季折々の作品がいつでも観ることができることになりました。f0020352_9505016.jpg
雨竜沼は、標高850mですがほぼ登山に等しい体力を要求され往復3時間を要する場所にありますが、このギャラリーを訪れることによって労せず感動的な写真を楽しむことが出来ます。

先生と雨竜沼とのかかわりは既に30年を超えています。単に写真を撮るということではなく、環境保護に並々ならぬ情熱を注ぎ、行政に多くの提言をされその実行に努力されています。
このギャラリーの開設にあたり報道関係者のインタビューでも「写真を見て湿原の美しさとともに、保全の大切さを感じて欲しい」と・・・。
先生の情熱と努力に敬意を表するとともに益々のご活躍を祈念申し上げます。

先生の湿原保護への真情の一端を吐露された文章がありますので、先生のご了解を得てここに転載します。
これは、NPMの掲示板への投稿に対するコメントとして書き込まれた一文です。

なお、雨竜沼の詳細については岡本先生のHPをご覧ください。
雨龍沼の写真はもとより、湿原が抱えている諸問題にまで触れられていますので多くのことを学ぶことができます。
     「伝説の湿原 雨竜沼」 http://www.infosnow.ne.jp/~ho_uryu/

私が、熊五郎先生から「森尾 守」のハンドルネームをいただいた際の投稿。’05.10

f0020352_1005052.jpg(略)神仙沼に立ち寄った。ご承知の方も多いと思うが、ここの入り口に自然休養林の保護のための協力金のお願い看板と募金箱がある。ここ数年毎年訪れているので何がしかのものを協力させていただいている。でも、私がこの種の募金に応ずることは極めて稀である。街頭での募金は特に避けて通る。何故か?そもそもその浄財がどのように使われているのかがよくわからないことが多いからだ。では神仙沼の場合はどうなのか?正直なところこれも分からない。というよりは敢て知ろうとも思わない。共和町観光協会etcがしかるべく有効に活用してくれていることと推察するのみである。自分でも何かちぐはぐで首尾一貫していないなぁーと思いつつも森林保護への”貧者の一灯”との思いから・・・。とても重たいハンドルネームをいただいたことでもあり、今後はワンコインもランクアップしなければならないかも。

熊五郎先生のコメント(かなり長文ですので一部割愛しています)

山岳自然公園内における入山料の設定は、日本の国定・国立公園内においてはいまだに例がありません。無いというより、できないというのが現行自然公園法に照らすと正しいのですが。実は、登山者に対して公園利用における協力金を任意でいただく取決めは私の地元・雨竜町がその先駆的な役割を果たしまして、既に20年以上が経過しています。1990年の国定公園指定以前から登山者に「環境美化整備等協力金」として1人200円を徴収してきました。昨年からは200円から500円に値上げしましたが、これについては私も積極的に行政に提案しました。
(中略)自然環境を十分に堪能しながら且つ便利な登山口の施設を気兼ねなく使用するには多少でも金銭を払うというのは至極当然の事です。
しかし、大切な事はその使途明細を公にするという事です。残念ながら、雨竜でもこの点については利用者の指摘があってから公表するに至りました。
(中略)私は雨竜沼湿原の健全な利用と保全について行政に提案する立場にありますが、自然を都合良く公開しながら守るなんてことは不可能であると思う一人です。
利用者の多様化とその環境立地の利便性など、その自然環境独特の利用マニュアルが必要になります。神仙沼は雨竜沼から見れば十分の一程度の小規模な湿原ですが、それでも木道を始め登山口の施設等国民の浄財が投入されています。雨竜沼の場合は木道だけでも1周4Kmほどもあります。
しかし、その木道も敷設するルートや使用する材質、工法、等々現況調査を行い、関係団体・有識者を交えて慎重に施設しなければなりません。日本の場合、自然公園であっても国定と国立では扱いが異なります。国定の場合は、施設の初期導入・新設は国が行ってもその後の維持管理は地元担当行政が行うことになります。どんなに立派な施設を設置しても、耐用期限までは損壊を受けた場合は地元が補修して管理し続けなければなりません。この財政難の時代にそれはなかなか厳しい取決めです。そのためにも利用者にその一部を負担してもらうのが協力金の役割です。だからと言って未来永劫迄使用できるような頑強・強靭な施設を環境内に設置するのは本末転倒と言えます。利用者が安心してその自然を堪能し、尚且つその利用に見合う利用料金を支払う、これが理想でありいわゆる「ワイズユース」と言えるものです。
(中略)写真は
f0020352_101156.jpg
雨竜沼の木道ですが、木道は登山者の利便より湿原保全のための人工歩道です。しかし、その木道自体が湿原環境においては本来異物であり、写真のように特定植生の繁茂と移入を増幅させる原因となっています。登山道の笹刈りにしても、最も適切な時期を見計らって実施しているのですが、たまたま刈られた笹を登山道に数日乾燥させるために放置していただけで「歩きにくい・植生破壊」などと公言する輩もいたりします。40数年前迄は登山口で一泊し、登山道もない山中を沢登りしなければ辿り着けなかった自然が、今では登山口まで車を使用し、わずか1時間30分程で迷う事なく湿原に至る事が出来るのです。向き合う自然に対する謙虚さや畏れの欠如、アイヌ民族の生活風土を簡単に排除した倭人のおごりが私も含め今の北海道にはまかり通っています。
森尾守さんの「ワンコインランクアップ」という姿勢に私は賛同するとともに感謝したいと思います。 (2005/10/16 23:32:25)
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by m-morio | 2006-04-06 10:24 | 日々雑感 | Comments(0)