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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 緊迫する中東・アフリカ情勢⑮

◆アラブの春から1年・・・・・シリアを中心に

▼”アラブの春”と呼ばれる一連の独裁体制の倒壊は、中東とアラブの歴史において類を見ない事件だった。
第二次世界大戦の終結、ベルリンの壁崩壊などとともに”アラブの春”は世界史に記録される大事件。
エジプトでムバラク独裁政権が倒されて1年が経った。 2度目の春が巡ってきた。 
チュニジアにおける政権打倒とともに、エジプトでの政変は地域に多大な影響を与えた。

まず、四つの国のその後を・・・・・

□チュニジア
昨秋、新憲法制定のための制憲議会(憲法を制定する議会)の選挙が行われ、イスラム系政党が第1党となり、連立政権が誕生した。 制憲議会は、1年以内に新憲法を作り、議会選挙や大統領選挙を経て、正式な政権が誕生することになる。

□エジプト
自由な選挙で選ばれた人民議会が始まった。  新議会では、旧政権時代の最大野党のムスリム同胞団による自由公正党が、議席の半数近くを得て第1党になった。                     
今後、憲法の起草委員会が作られ、新憲法案が国民投票にかけられる。
大統領選挙の後、軍政からの民政移管が予定されているのだが・・・・・!? スムースに進むのか。
                        
□リビア
昨年11月、暫定政府が発足はしたものの、今後安定した民主国家が誕生するかどうか?             カダフィによる、憲法も、議会も、選挙もない、という極めて特異な独裁体制が続いたため、極端に言えば「一から国を作り出さねばならない」状態。
この国は、100以上の部族があると言われる伝統的な部族社会で、部族同士の対立が絶えない。
「ひとつの国」という意識が薄く、安定した国づくりは前途多難。

□イエメン
2月27日(2012年)サレハ前大統領は、副大統領だったハディ氏に権限を委譲し、1年を超えた反政府デモが収束。
民主化運動「アラブの春」で独裁者が退陣する4つ目の国となった。
しかし、権限の委譲を受けたとはいえ、部族勢力同士の対立が激しく、対立する陣営がそれぞれ勢力を維持しつつ、妥協の末に事態を収拾した「勝者なき革命」と言われたりする。
ハディ暫定大統領は、2年間の移行期間内に、新憲法制定や大統領選挙を行わねばならない。
ひとまず混乱は沈静化しているが、今後、各陣営の対立が再び表面化する可能性も無きにしも非ず。





▼問題は「シリア」だ。 少し詳しく振り返って見る。
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地図を見るとシリアは、トルコの南、イスラエルの北西、ヨルダンの北に位置している。
西側は地中海に面しているがこの西側の南半分にレバノンが食い込んでいる形になっている。 
レバノンの南側にはイスラエルが接している。
イスラエル、レバノン、ヨルダン、イラク、トルコの5か国と国境を接し、中東の多くの問題に関わっているのがシリアである。。
だから、アサド政権がどうなるかは、シリア一国にとどまらず、中東地域全域の勢力地図を大きく変える可能性がある。                                                              
人口2044万人(2010年)、資源大国とも言えないシリアが注目されている理由は、この「地政学的な重要性」なのだ。

シリアでは、「バース党」のもと、強固な独裁体制が半世紀近く続いている。
2000年、ハーフェズ・アサド前大統領が死去すると、息子のバッシャール・アサド大統領が後を継ぎ、この親子で40年あまり権力を独占してきた。
アサド親子は、イスラム教徒シーア派の一派で、極めて少数のアラウィー派に属している。
シリアの人口の10%程度のアラウィー派が、政権と治安機関を握り、圧倒的多数のスンニ派を支配する構図で、秘密警察を動員して、反対派を徹底的に弾圧してきた。
チュニジア(2011年1月)とエジプト(2011年2月)の政変が、シリアに波及するまでに少し時間がかかった(デモが激化したのが3月)のは、アサド政権に対する人々の「恐怖心」が作用したのだろうか。

さて、現状、アサド政権は反体制派への武力弾圧を緩める様子はない。                      
・反体制派は・・・・・アサド大統領の退陣を要求
・政権は・・・・・徹底した弾圧をしながら、小出しに妥協案を提示。 
たとえば、「新内閣発足」 「複数政党制」 「非常事態令の解除」 をちらつかせながら、2月には新憲法案が国民投票で承認された。

シリアを巡る各国の思惑は、

「イスラエル」は
シリアと長年敵対してきているが、アサド政権の崩壊を望んではいない。
政権の統治が緩み、この地域が混乱すれば、自国の安全が脅かされかねないと警戒。

「レバノン」は
長年にわたってシリアに支配されてきた経緯もあって、政権の崩壊が、国内の政治勢力のバランスが変わって、政情が不安定になることを懸念。

「イラク」は
シリアと長い国境で接していて、武装勢力が行き来してきた。
もし、シリアが混乱すると米軍が撤退した後のイラクは安定に向かうことが難しくなる。

「トルコ」も
シリアの安定を望んでいる。この二国の国境に少数民族のクルド人が居住していて、アサド政権が倒れれば、クルド人の独立運動を刺激する可能性を懸念。

「イラン」は
アサド政権と、事実上の同盟関係にあるとも言われる。核開発問題で孤立しているイランは、重要なパートナーを失う事態を懸念。

・国連安全保障理事会の動き・・・・・2月シリア非難決議案、露・中が拒否権発動し2度目の否決。
無力感が漂ったが、3月1日やっと外部からの人道支援を受け入れるよう求める報道機関向け声明を発表した。 同声明は、安保理理事国15カ国の全会一致を経て発表された。 安保理の意思表示の仕方としては「決議」「議長声明」の次に相当する弱い形式ながら、これまで安保理決議に2度も反対してきたロシアと中国が発表に賛意を示した。

・欧州などの動き・・・・・アサド政権の幹部に対する資産凍結と渡航禁止の制裁を行い、その対象を拡大。2012年2月、英仏伊、スペイン、ベルギーなどが大使を召還。
しかし、シリアの出方を見極める意味から、各国とも大使館は閉鎖していなかったが、3月1日、ついに英国がシリア大使館を閉鎖し、外交官ら全員を帰国させた。

・アラブ諸国の動き・・・・・サウジアラビア、クウェート、バーレーン、チュニジアが、それぞれ、シリアに駐在する大使を召還。ヨルダンとトルコも、「武力弾圧で大勢の市民が殺される事態は容認できない」と表明。
このように、国際社会による非難の動きが広がるが、弾圧をやめさせるだけの、一致した行動とはなっていない。

シリアに対する国際社会の対応が「及び腰」なのは、仮に、アサド政権が倒れた場合、中東地域全体が不安定化する恐れがあるからといわれる。

誰が政権を担うのか、「政権の受け皿」が全く見えておらず、最悪の場合、シリアが無政府状態に陥り、内戦が起きたり、国際テロ組織の拠点になったりすることが懸念されているのだ。

このように、
アラブの中で最も強権的と言われるシリアのアサド政権が、もし崩壊すれば、中東地域のパワーバランスが大きく変わる。
この地域の安全保障やエネルギーの供給に、予想のできない大混乱が起きる可能性があると考えられている。
難しいジレンマに直面した国際社会は、対応を先送りしてきたが、大量虐殺の悲劇だけは、何としても避けなければならない。

そんな中、国連とアラブ連盟のシリア担当特使に選ばれたコフィ・アナン前国連事務総長が(2月)29日、ニューヨークの国連本部で会見し、
「(アサド政権は)殺害や暴力をやめなければならない。早急にシリアに向かうつもりだ」と述べ、現地で弾圧の停止に尽力する考えを示した。

アサド政権に対し、対話や経済制裁などの強い圧力で、武力弾圧をやめさせ、事態収拾ができるだろうか。

下図=関係国相関図を作ってみた
盛りだくさんで 少々見づらいのですが・・・・・
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by m-morio | 2012-03-02 16:26 | 市民カレッジ | Comments(0)