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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 原子力発電 ・・その18 廃炉と課題

1 廃炉とは
老朽化などで使えなくなった原子炉を安全に解体、撤去すること。
使えるか否かの判断は電力会社が行う。正式には「廃止措置」といわれ、法律で手続きが決まっている。
ただし、後述する福島第1原発の場合は事故による原子炉の廃炉となり、事態を深刻にしている。
    
  
   図1
   
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   図2
   
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注)「経過年」・・・運転開始から2011年3月まで
「新型転換炉」・・・核燃料の多様性を求めて日本で開発された原子炉形式の一つ。
将来の発展が期待され、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が中心に実用化を目指して開発が続けられていた。





2 廃炉の具体的なやり方(図1参照)
3つのステップが基本。「洗う」「待つ」「解体」。
・核燃料を取出し、化学薬品で原子炉や配管の放射性物質を可能な限り取り除く
・その後、原子炉はすぐ解体せず、周辺に残る放射能が弱まるまでおよそ10年待つ
・それから原子炉をばらして、建屋も撤去しさら地にする
日本では更地を目指すが、海外では建屋を廃棄物保管施設などに再利用した例もある。
そして、一般の原発の場合、放射能汚染の場所が原子炉圧力容器内など比較的限られているので、
低線量域から解体し、原子炉解体は遠隔操作で実施する。
すなわち、①発電用タービン②原子炉周辺設備③原子炉本体の順となる。
解体の結果、放射能に汚染されたごみが大量に出る。
経済産業省の試算によると、1基の廃炉でおよそ53万6千トンのごみが出るという。
このうち1万3千トンが放射性廃棄物で、汚染度に応じて最深100メートルの土中に埋めることになって
いる。
しかし、現状、埋める場所は確保されておらず、大きな課題。

3 廃炉の前例
日本原子力研究開発機構の「動力試験炉」(JPDR)が1996年に廃炉を完了した。
「商業炉」では、1998年に運転を終了した日本原子力発電の東海発電所(茨城県)(図2参照)が廃炉作   業を進めている。11年12月現在で、熱交換器と呼ばれる施設を撤去中で、まだ原子炉は手つかずの状   況。更地に戻るのは10年後の予定といわれていて、運転終了から23年かかることになる。
このほかに、中部電力浜岡1,2号機と東京電力福島第11~4号機の廃炉が決まっている。
「研究炉」では、福井県にある「ふげん」(日本原子力研究開発機構)の廃炉作業が進んでいる。
   

4 原発の「寿命」は
寿命には法的な根拠はなく、これまでは、我が国の原発は老朽化度の診断を繰り返すことによって、
使い続けることができた。
しかし、原発の寿命の定義がなく、その道筋もはっきりしなかったことを受け、2012年、民主党政権は、
原子力安全規制の見直しを行い、40年の運転制限を盛り込んだ。
40年の運転制限を単純に当てはめると、北電泊原発1号機は2029年にも廃炉となるなど、30年には国  内の原発が現在の三分の一の18基に減ることになる。
   
では、なぜ「40年」なのか。
40年を経過すると急に危なくなるという明確な根拠があるわけではない。
ただ、国内で原発が運転を開始してからほぼ40年経ち、新しいタイプの原子炉も登場していることもあっ   て、「40年は国際的な議論の対象」になってきたという。
   
そもそも電力会社は60年後まで安全性が保てるように保全計画を策定し、30年目から10年おきに経済  産業省原子力安全・保安院の認可を受けて運転を継続してきた。
原発の機器類は放射線や高温、高圧に長期間さらされ、配管などにひびわれ、腐食が起きる危険があ    る。定期検査で部品を交換しているが、交換不能な圧力容器などの耐久性が課題となっている。

5 福島第1原発1~4号機の場合
日本では商業原発が稼働してから46年の歳月が経った。原発はいずれ寿命がきて廃炉になるのは自明  の理だった。
これまで日本で廃炉が完了したのは、茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)だけで、  規模の大きい商業炉の廃炉の実績は1基もない。そんな状況の中で、突然過酷な事故が発生し、
「寿命に伴う廃炉」という経験を経ずして、いきなり「事故を起こした原発の廃炉」という極めて困難な作業  に直面した。それが福島第1原発1~4号機である。
原発の廃炉は長い道のりだ。
福島の廃炉作業は、原子炉内で溶けた危険な核燃料の取出しなど未知の作業が待ち受けている。
寿命がきた原発でも、廃炉完了までには20~30年程度かかるとされている。
政府・東電は福島の廃炉について、米国のスリーマイル島の工程を参考に進める方針だ。
しかし、溶けた核燃料が原子炉圧力容器に残ったスリーマイルの場合とは異なり、福島では圧力容器の   底を突き抜け、格納容器内に落ちてしまっている。作業の難易度は格段に高い。
工程表によると、13年内に4号機の格納容器外側にある燃料プールの使用済み核燃料取出しに着手。
1~3号機を含む使用済み核燃料の取出し、原子炉建屋の除染は21年末までに終える目標だ。
圧力器内で溶けた燃料の取出し、原子炉解体など全工程の終了まで40年程度を見込んでいる。
特に放射線量が高い原子炉建屋で行う除染や燃料取出しは、遠隔操作技術の開発が必要だ。
うまくいかなければ、チェルノブイリ原発(86年に爆発事故)と同様、コンクリートなどで施設全体を閉じ込   める「石棺」と呼ばれる作業を迫られる可能性もある。

6 福島の今
福島の事故から1年半超が経った。原子炉の冷温停止状態を維持する注水が続き、がれき撤去も進む   が、高い放射線量や増え続ける汚染水など難題は多い。
施設の解体が終了するのに40年を要するといわれる福島の廃炉作業は難航必至といわれる。
その難題の一つが、「汚染水」。
福島では、放射性物質による汚染水が増え続けている。1日約400トンもの地下水が、汚染された原子炉   建屋に流れ込んでいるからだ。東電は貯蔵タンクの増設で対応しているが、いたちごっこが続く。
1~3号機の原子炉を冷却して出た汚染水は処理施設で放射性セシウムや塩分を取り除く。
地下水の流入で汚染水が増え、8月下旬(2012)時点で約22万トンの貯蔵タンクの9割近くに迫った。
東電では、貯蔵タンクの増設などで、あらたに約17万トン分を2013年度前半に確保するとしているが、
それでも13年度後半には満杯になってしまうと予想する。タンクばかりを増設できない東電は、建屋に地   下水が流れ込む前に地下水をくみ上げて海に放出することで対処を計画中。

7 解体ごみ
大きな問題は「ごみ」。
国内には、核のごみ同様原子炉解体物の処分場はない。
01年に国内商業原発で初の廃炉工程に入った東海原発(茨城県)は、解体廃棄物の処分にめどが立た   ず、11年度に開始予定だった原子炉解体を3年延ばした。
08年に「ふげん」(静岡県)、09年に浜岡原発1、2号機(静岡県)も廃炉工程に入ったが、解体廃棄物の問  題は避けて通れない。もちろん、福島の1~4号機も同じだ。

政府は革新的エネルギー・環境戦略で、再処理工場がこのまま稼働できない状況も念頭に、使用済み核  燃料を一時的に別の場所で受け入れる「中間貯蔵」を検討課題に挙げた。しかし、半永久的な処分地につ  ながりかねない懸念から、用地の選定は至難の業だ。
このことは、原子力政策の矛盾として語られ、廃炉にも暗い影を落とす「核のごみ」問題だ。
「原発の建設を優先し、見切り発車で進んできた原子力政策の象徴」なのだ。

8 東海原発の廃炉
すこし福島から離れよう。
日本の原発の第一号は、東海発電所にある。1966年7月から1998年3月まで運転された。
この原発の廃炉をどのように進めるか、日本初のことであり注目されている。
2001年にようやく生国のイギリスへ燃料を運び出した。原子炉の領域は2019年までに、建屋などを含め  てすべてが解体撤去されるのは2020年の予定だ。運転32年、解体撤去までに22年、という時間がかか  る世界だ。福島のように事故原発の場合は、高い放射線量のため作業は極めて困難である。
解体撤去が不可能になり、その場所での密閉管理(石棺)にならざるを得ないのではないかとの憶測もあ  る。
現在の原発は100万キロワット級のものが普通で、浜岡原発5号機は138万キロワットという巨大な原子  炉だが、東海の出力は16万6千キロワットだ。しかし、「廃炉」の後始末の困難さは想像にあまりある。

9 最後に
以前にフィンランドの「オンカロ」(「隠された場所」という意味)について触れた。
操業開始は2020 年、100年後の2120年まで使用し、その後、厳重に封鎖され、10万年後までの安  全を見込んでいるのだという。
映画「100,000年後の安全」で、監督(マイケル・マドセン)は、「未来のみなさんへ」と題するメッセージで   映像をしめくくっている。
   
     ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。
     決して入らないでください。
     あなたを守るため、地中奥深くに埋めました。
     放射性物質は大変危険です。透明で、においもありません。
     絶対に触れないでください。
     地上に戻って、われわれより良い世界を作ってください。
     幸運を。


日本で原子力研究が始まったとき、放射性廃棄物はどう考えられていたのだろうか。
どうやら、学者間でもこれほど深刻なものとは考えていなかった節がある。その後、研究が進み原発への  応用が可能となったころには、危険を承知で「なんとかなるだろう」と見切り発車し、今日にいたっている。

原発は根本的に見直す時がきた。
福島を経験してもなお、原発を進めるのならば、
しっかりした根拠を示してほしい。
そしてそれが示されたならば、多様な人たちによって、徹底的に検討してほしい。
原発は制御可能なのかどうか、社会に災厄をもたらさないかどうか、本当に安価な電力なのか、
真剣に検討してほしい。

12.10.31付北海道新聞に「創刊70周年特集」が折り込まれた。
そこに11.3.11の大震災発生時の3日間の朝刊と夕刊の1面が載っていた。

   3.12朝刊 「巨大地震 死者数百人」 国内最大M8.8、津波10㍍
   3.12夕刊 「沿岸部に壊滅的被害」 死者・不明千数百人
   3.13朝刊 「国内初 炉心溶融」 原子炉建屋で爆発
   3.14朝刊 「数万人 安否不明」 地震規模M9.0に修正
   3.14夕刊 「原発 3号機も爆発」 600人に屋内退避要請
 
 
   改めて、当時を思い起こし、災害の恐ろしさに震えた。

さて、
原発事故に関する調査報告書が公表された。
2月に、民間事故調査委員会、6月に、東京電力事故調査委員会、7月に、国会事故調査委員会と政府   事故調査委員会からの報告書だ。
しかし、民間での調査には限界があるだろう。
当事者の東京電力のものは随分と自己弁護が鼻につく。
とすると、大きな意味を持つのは、国会と政府の報告書。
マスコミの解説によると、その両者で際立って見解が分かれているのは「事故の原因を津波だとするか」という点。

政府事故調は
「地震によって停電した際に起動した非常用のディーゼル発電機が津波を受けて使えなくなり、原子炉   の冷却のために水を送る電気が失われた。原子炉は冷却できずにメルトダウンし、水素爆発が起きた」   としている。

一方、国会事故調は
「津波の到達時刻とされているのは沖合1~5キロの波高計での到達時刻であり、ディーゼル発電機を津  波が襲ったのは、同発電機の少なくとも1基が停止した後だった事実を明らかにしている。
また、地震で壊れたところがどこかにないと原子炉圧力の低下の説明がつかないことも指摘。
しかし、事故の原因を地震とする証拠もないが、無関係だと断言もできないはずだ。」

結局、どの報告書でも4基の原子炉でいつ何が起きて、どう放射能を環境中に放出したのかわからない。  なぞは解明されないままである。

福島の事故の原因も、今後どうなるのかも、被害の広がりも、補償の行方も明らかでない。

政府や経済界の一部は原発の温存に執着している。

第2の福島が起こらないことを願う。
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by m-morio | 2012-11-03 19:17 | 市民カレッジ | Comments(0)