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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 「アフリカ大陸」 Ⅳ

今回の受講で私の興味を引いた国がある。
「リベリア」と「ルワンダ」。
その二つの国について簡単に触れて締めくくりとする。

▽リベリア共和国(リベリア)は、特殊な経緯によって建国された。
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即ち、アメリカで解放された黒人奴隷によって建国されたのである。
この建国に力を貸したのが「アメリカ植民地教会」であった。
リベリアの建国は1847年であるが、植民地協会が解放奴隷をモンロビア(現在の首都)に入植させたのは、これから25年も遡る1822年のことであった。
その数、推定で2万人未満ではないかといわれ、この国の人口の1%にも満たなかった。

これらの入植者(自らをアメリコ・ライベリアンと呼んだ)は、直近までアメリカのプランテーションで、賎民として、権利など一つも持たない奴隷として生きてきた。
ほとんど読み書きが出来ず、手には何の職もない。かれらの祖先は、かつてアフリカで拉致され、アメリカに運ばれ、奴隷市場で売られた。

その彼らが、ついこの間まで奴隷だった者たちが、再びアフリカに戻ってきたのである。
植民地教会からは、“自立しなさい” “自ら運命を切り開きなさい” と解放された彼らは、これからどう振舞うのか? 何をすべきなのか? 戸惑うばかりだった。
なぜか? アメリコ・ライベリアンが経験で知っている社会は奴隷制しかない。
従って、新天地に到着して最初にとった行動は、どうようの社会を再現することだった。
キリスト教徒で、英語を自由に操り、アフリカ式の生活スタイルと価値観を持った昨日まで奴隷だった彼らは突然主人となり、そして奴隷は現地の人々だった。
言い換えるならば、彼らの移住は、もともとそこに住んでいたアフリカ人にとっては形を変えた植民地支配であった。

リベリアは、奴隷自身が奴隷制度を引き継いだ。
アメリコ・ライベリアンは、自分たちのみが市民権を有する国民だと宣言した。

こうして二つの社会が出来上がった。
もともとの住民には市民権を与えずに、政治から排除した。
彼らに生存権は与えたが、それも定められた部族居住区でのみだった。
このアメリコ・ライベリアンによる国家運営に対して、土着のアフリカ人の不満は限界に達する。
20世紀半ばころにはリベリア政府に対する反乱が起きだした。
1979年、政府の一方的な施策に抗議して民間人が蜂起。
これをきっかけにリベリアは混乱の度合いを増し、1980年にドエ曹長(クラーン人)が率いる軍のクーデターが起きた。
彼らは、ドルバート大統領をはじめとする旧支配層を大量に処刑して、アメリコ・ライベリアンの支配が根絶された。
その後、国家元首となったドエ大統領も殺害(1990年)され、内戦が続く。
断続的に内戦が勃発していたが、2003年4月頃から政府と反政府勢力との間で戦闘が激化。
同年8月、和平合意が締結され、同10月に移行政府発足。
2006年、アフリカ初の民選女性大統領(ジョンソン・サーリーフ)が誕生。
2011年には、総選挙が実施されサーリーフ大統領が再選された。





▽ルワンダ
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アフリカ大陸のどこに位置するか? 地図で探すのに難儀する。
大陸のほぼ真ん中の小さな国です。
地図によっては豆粒ほど、あるいは点にしか見えないかもしれない。
この国は山々に囲まれた山国である。地理的に特異性を持つばかりではなく、アフリカの多くの国々が多民族国家だが、ルワンダは単一民族なのである。
その民族がさらに、三つに分けられる。
家畜の群れを所有する「ツチ族」(人口の14%)、農民の「フツ族」(85%)、肉体労働者の「トワ族」(1%)。
この社会制度が後に悲劇を生むことになる。

ルワンダは、もともとツチ族出身の君主が治めた王国。
山に囲まれ(守られ)、閉ざされた国だった。
何処とも関係を持たない国。
自分たちの国に外国人を入れることを拒んだ国。
そのため奴隷貿易とも無縁だった国。

列強がベルリン会議でアフリカを分け合った。ルワンダはドイツ領とされた。
しかし、ルワンダの人々は、国王でさえそのことを知らなかった。
ルワンダ人は「何も知らずに」植民地の住民として生活していたのだ。
ドイツはこのルワンダに殆ど興味をしめさず、第1次世界大戦後、ベルギーに割譲された。
ルワンダは海岸線から1500キロ以上内陸に入った位置にあり、資源も発見されていなかったので、その存在価値を認められずベルギーも長い間放置してきた。
列強の無関心さに隠れて、何世紀も前に築き上げられた社会制度は、山岳地帯のなかで、まったく変化することなく20世紀後半まで続くことになる。

1950年代のルワンダにベルギー人が乗り込んできた。
ベルギー人はこれまでとは変わって積極的にこの国に関り始めた。
その背景には、アフリカにおける独立と反植民地主義の機運が高まっていたことが上げられる。
ベルギーは、それまでツチ族を使ってルワンダを統治してきたが、そのツチ族が独立を要求してきた。
この事態に何の準備もしていなかったベルギーは戦術を転換。
ツチ族を見捨て、従順なフツ族を支援し始めた。
フツ族のツチ族に対する不満・怒りを焚きつけたのである。
1959年、農民蜂起が起こった。武装(山刀などで)したフツ族の農民集団は、主君であるツチ族に襲い掛かった。
ここで起こったのが大規模な「虐殺」だった。
領主を始めとする支配階級はもとより家畜さえも大量に屠殺されルワンダは血にまみれ、炎に包まれた。
当時、国の人口は260万人、ツチ族は30万人ほどだった。
数万人のツチ族が殺され、ほぼ同数のツチ族が周辺の国々へ逃げた。
ツチは支配的地位を失い、フツ族が権力を握ることになった。
1962年、ルワンダが独立した際は、フツ族が最初の政府を創った。

1962年の独立以前から、フツ族とツチ族の抗争が繰り返されていたが、独立後多数派のフツ族が政権を掌握。少数派のツチ族を迫害する事件が頻繁に発生していた。
1990年に、独立前後から隣国に避難していたツチ族が主体のルワンダ愛国戦線がルワンダに武力侵攻し、フツ族政権との間で内戦が勃発。
1993年和平の合意がなされるが、1994年月、ハビャリマナ大統領暗殺を契機に、フツ族過激派によるツチ族やツチ族穏健派の大虐殺が始まり、同年6月までの3ヶ月間に犠牲者は80~100万人に達した。
1994年7月、ルワンダ愛国戦線がフツ族過激派を武力で制圧し、ビジムング大統領(フツ族)による新政権が成立した。
1999年には、地区レベルではあったが大虐殺以来初めての「選挙」を実施し、2003年には大統領選挙が実施され、カガメ大統領が当選。
同大統領は汚職対策に力をいれ、他のアフリカ諸国に比べて、汚職の少なさ、治安の良さは特筆される。

こうしたツチ族とフツ族の対立を描いた映画「ホテル・ルワンダ」を観た。
部族間闘争の激しさ、虐殺の凄まじさを一人のホテルマンを主人公に描かれた作品。
その映画の最後に流れる歌が印象的だ。
子供たちのコーラスをバックに歌われる歌詞は民族の悲しみを極めて端的に表現している。
その歌詞を転記し本稿を閉じる。

                     私たちの上に太陽はいつ戻るんだろう

                    取り返してくれるのは誰なんだろう

                      ルワンダ    ルワンダ

                      ルワンダ    ルワンダ

                       “選ばれる者は少ない”
                     ルワンダの流血には 選ばれたくない

                  “メシャクらは火の中に入れられたが焼けない”
                     私はルワンダで焼かれたくない

                     “人は行いによって裁かれる”
                     それならアフリカよ お前の値打ちは?

                   地上の金(かね)やダイヤや財宝を集めても
                       ルワンダには換えられない

                       子供たちが泣いている

                          聞こえるか?

                          米国が―
                        “アメリカ合衆国”なら
                        なぜアフリカは―
                      “アフリカ合衆国”になれない?

                          英国が―
                        “連合王国”なら
                       なぜアフリカは王国を集めて
                      “アフリカ連合王国”になれない?


                       子供たちが泣いている

                         誰か聞こえるか?

                           天も泣く

                          イエスも泣く

                       神様 聞こえましたか?

                      私たちの叫びが 聞こえましたか?

                        救ってくれますか?

                       ルワンダのことを話したい

                        ルワンダに この歌を




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by m-morio | 2014-03-09 15:30 | 市民カレッジ | Comments(0)