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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

心に残る年賀状

季刊「通□生□」の春号が届いた。
その冒頭に"心に沁みた年賀状"というのが載っていて著名人が受取った賀状が披露されいた。
興味深く拝見したのだが、さて我が家の場合は如何かと振り返る時、直ぐに頭に浮かぶ二通の賀状がある。

一通は小学校の4~6年の担任だった恩師からのもので、スタイルは何時も同じ。
赤で"賀正"の印刷の下に必ず手書きの添え書きがある。
御年86歳だがご壮健で毎年嬉しい一言を添えていただくので楽しみにしている。
ただし、なかなか読みにくい。字が小さいうえにお世辞にも達筆とは申し難いのだ(先生、ごめんなさい!)。
米寿にはクラス会(といっても10人程度だが)でお祝いをする予定になっていて今からわくわくしている。

もう一通は、元職場の上司からの賀状である。
この方とは2年程ご一緒させていただき、できの悪い部下を叱咤激励していただいたことを懐かしく想い出す。
専門誌に依頼されて原稿を書いておられたので、殊更文章に厳しいかった。いや、厳しいというより拘りをもっていらっしゃった。
仕事柄、商業文は「伝えたいことを正確にかつ読みやすく」とご教示いただいたように思う。

賀状のスタイルは毎年変わらない。
時世を憂い、教養を高めることに努め、菜園での収穫を悦び、奥様との睦まじい日々の様子を簡潔明瞭に伝えてくれる一枚である。

更に、この賀状を見て以前から気付いていることがある。
文章に句読点がないのだ。正に古文そのままである。
(うろ覚えで申し訳ないが)文章は本来かくあるべきものという。句読点をいれて文章をぶつ切りにするのは、知識に乏しいもの、文字をよく知らないもの向けに書く場合限られるといわれたそうである。
従って、みだりに句読点を入れるのは、見方を変えると相手を見下していることになる・・・と教わったように思う。
この意味では、"句読点"と"頻繁な改行"をあたかも読み手に対して親切であるかのごとく錯覚しながらブログに拙文をしたためている身としては、読んでいただいている諸氏を見下しているのかも知れない。誠に申し訳ない次第である。

先輩は、相変わらず向学心に燃え、第二の職場をご退職後は大学で古典の勉強に余念がないとのこと。自堕落な日々を過ごしているわが身を恥じ入るばかりである。
一昨年、小生の写真が某コンテストで優秀賞をいただいた際には、わざわざ東京・新宿まで足を運んでご覧いただいた。その際ご本人の写真もお送りいただき久々の(写真での)邂逅となった。泊り込みで・・・とのお誘いまで受けていながらなかなか実現できないことが心残りでもある。僭越ながらますますのご発展をお祈りいたします。

f0020352_10231261.jpg先輩!賀状の公開を快くお許し頂きありがとうございます。
進歩向上のない元部下をご容赦ください。
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by m-morio | 2006-01-13 10:31 | 日々雑感