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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

チェチェン 再び

ずっーと気になっていた新聞記事があります。
06.10.07付けの報道です。
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ロシアの新聞記者アンナ・ポリトコフスカヤさんがモスクワ市内の自宅で射殺されたという事件を報じています。
ポリトコフスカヤさんは、チェチェン共和国の多くの市民がロシアの軍隊や治安機関による捜査や作戦過程で行方不明になったとする記事などを発表し続けていました。
その活動に対して、ロシア連邦ジャーナリスト同盟から「ロシア黄金のベン賞」(2000年)、アムネティ・インターナショナル英国支部から「世界人権報道賞」(2001年)を受け、あの2002年、モスクワの劇場占拠事件では、武装グループから仲介役に指名され交渉にあたったという経歴を持った記者でした。

雑事にかまけて彼女の著書「チェチェン やめられない戦争」を手にする時間が無かったのですが、やっと図書館から借用してきました。
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プロローグに
「自分はモスクワの新聞「ノーヴァヤ・ガゼーダ」の特派員で取材のため派遣された。戦争特派員ではない。ごく普通の市民だから派遣されたのだ。つまり戦争に巻き込まれてしまったチェチェンの村や街の人々の体験をもっともよく理解できるだろうとのことからだった。1999年夏から毎月チェチェンに通った。チェチェンの全土をくまなく歩き回った。そして多くの悲しみを眼にしてきた。その最たるものはこの2年半に私が取材してきた人たちの多くが、今はもう死んでしまったということだ。この戦争(第二次チェチェン戦争のこと)はそれほどひどいものだ。」
と書いています。

ポリトコフスカヤさんが眼にしたのは何だったのでしょうか。
その状況は著書にこと細かく記されています。

ロシア軍の目標は、イスラム教徒のゲリラの完全なる一掃です。しかし、対ゲリラ戦争は極めて困難です。とりわけ、ゲリラが活動する地域の住民がゲリラを支援していると、よそ者の軍隊には、ゲリラと住民の区別がつかなくなります。その結果、住民に対する虐殺事件が続発することになります。チェチェン側の死者のほとんどが、ロシア軍による無差別爆弾の犠牲者といわれています。さらに「ゲリラ掃討作戦」という名のもとに、住民が突然自宅から連行され、そのまま行方不明になったり、死体で発見されたりする事態が頻発しています。チェチェンゲリラの情報を集めるためにロシア軍の兵士が、一般市民を拷問することは日常茶判事となっているといいます。

こうした日常を取材していたのがポリトコフスカヤさんだったのです。彼女はロシア人です。取材の厳しさが行間に現れています。チェチェンの年配者はともかくとして少年少女はロシア人を見ただけで、敵意むき出しにし一言も喋らなくなったことも度々だとか・・。顔をあわせた瞬間、脱兎のごとく走り去る。彼女は、一瞬少年が隠している銃を取りに走ったのでは?その銃で撃たれるかも・・と思ったと言います。
やっと重い口を開いてくれた(ロシア語を話せるが話さない少年の言葉を、母親の通訳で)少年の口から吐き出された言葉・・・・・・・・・

プーチンは、なぜアメリカのテロ犠牲者には黙祷を捧げようと言ったのに、何の罪もなく殺されていくチェチェン人については何も言わないの? 

どうして、原子力潜水艦「クルクス」の乗組員が死んでいくといって、国全体が震撼させられたのに、この村から逃げ出した人々が畑で何日間も銃殺され続けてもあなた方は黙っていたのか
・・・ということだった。
「僕を撃ち殺そうとしたんだ!わかるだろう!」
「どうしてそんなことになるのか知りたいんだ」 

         私も知りたい・・・と彼女。

2002年10月のモスクワで発生した劇場占拠事件は、チェチェン問題が依然解決していないことを世界に知らせた事件でした。
長年、ソ連・ロシアによって抑圧されてきたチェチェンの人々の、ロシアに対する怨念は根強く、血を血で洗う紛争が続いています。
チェチェンがロシアにとって経済的にも政治的にも重要な場所であるがために、ロシアは妥協する気は無いのでしょう。
力での制圧しか考えていないのでしょう。

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by m-morio | 2006-11-01 09:42 | 市民カレッジ | Comments(0)