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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 :  「キプロス島」

解説! 現代史 Ⅵ が始まりました。受講者は45名。1年前に比べて5割り増しで次回からは教室は大教室に変更も検討中とか。。。
講師は手嶋兼輔氏ですが、ご本人の言葉を借りると肩書きはありません・・・とのこと。
大学に席を置いた後6年ほど前に退職したとのことで、あえてつけるなら”地中海文化研究家”とでもしておいてくださいとのことでした。
講義の内容とその温和な人柄が受講生増につながっています。

今回は4回にわたって、講師の専門である地中海に浮かぶ小さな島々を採り上げます。
地中海周辺は、歴史が古く、数多くの民族が行き来し、各種の文化を育てたことが人々を惹きつけるのでしょう。

1回目の今日は「キプロス島」です。                                      キプロス島の上部が トルコ↓ ですf0020352_19522966.jpg
正式には「キプロス共和国」といい、トルコの南の東地中海に位置し、キブロス島1島の島国です。
「キプロス島」というと、あのイスラエルがレバノンへ侵攻した際、人々がこのキプロスへ一時避難したことを思い出します。

面積は、四国の半分程度、人口は80万人、人種は、ギリシャ系(ギリシャ正教)80%、トルコ系(イスラム教)11%、2004.5にEU加盟を果たしています。
気候は温暖で、オリーブやブドウの産地とのことですが、外務省のHPによると、産業は「観光」となっています。



国旗も紹介しておきましょう。
f0020352_19543469.gif
島の形の下にオリーブの葉を二枚あしらっています。オリーブは平和の象徴で、二枚が結ばれているのは(後で触れますが)南北に分裂しているこの島の平和を願っていることを現します。
ただし、実際には特定の政府機関と対外的な機会に使用されているにずぎず、南北それぞれが、ギリシャ、トルコの国旗を使うことが多いのだそうです。

このキプロス共和国は、以前に聴講しました「スリランカ」と似た構図になっています。
スリランカは、人種としてはシンハラ人とタミル人が4対1の割合で居住し、シンハラが仏教、タミルがヒンズー教で民族対立を繰り返しています。

その構図がキプロスでも同じだということです。
この国は、ギリシャ人が定着しているところにトルコ人が侵入してきました。
1974年にギリシャの軍部がクーデターを起こし、トルコ軍も出動し、島の北部を占領しトルコ人も北部へ集結し国家分断が固定化しました。
中心都市ニコシアは 壁と鉄条網で南北に分断されてました 注)。
更には、1983年に 北キプロス・トルコ共和国独立宣言 しますが、現在のところこれを承認しているのは トルコ だけです。

因みに、南部は「キプロス共和国」です。 
キプロスにとっての最大の課題は勿論南北の統一です。
2004年4月には国連事務総長の提案がありましたが、現状では合意にはいたっていません。

その直後の2004年5月に、キプロス(キプロス共和国)はEU加盟が認められました。
(「北」は認められていません。いや、行動を共にしようという誘いに応じなかった・・ということです)
これに関連して、
「トルコ」は1987年にEU加盟を申請しているのですが、延々と待たされています。
理由はハッキリしません。
イスラム教だから・・ということは 政教分離の国家だから問題はないとされてはいますが、9.11事件が影響しているのかも・・・・・
また、万一トルコが加盟を認められたときこそ「北」も一緒に・・・ということになるのかも知れませんね。

注) この分断状況の写真はないのか・・・講師に聞いてみましたが、なぜか この場所は「撮影禁止」になっていて資料としてはないのだそうです。
直木賞作家 篠田節子の著書「交錯する文明 東地中海の真珠キプロス」(中央公論新社)という本がありまして、この現地訪問の際、南から北へとこの鉄条網をくぐって(勿論、許可をとって 日帰りが条件で・・)渡ったそうですが写真は撮れなかったとのことでした。

[追記」
略年表
1914年 - イギリスが併合。
1955年 - 「キプロスの帰属問題」をイギリス、ギリシャ、トルコ三国間で協議。
1960年 - 独立
1963年 - 民族紛争勃発。
1964年 - 国連平和維持軍が派遣される。
1974年 -
7月15日 - ギリシャの支援を受けた併合賛成派がクーデターを起こす。
7月20日 - トルコ軍がキプロスに侵攻。
7月22日 - クーデター政権が倒壊。
7月23日 - クーデター政権を支援したギリシャ軍事政権が倒壊。
8月13日 - トルコ軍が第二次派兵を敢行し、北部を占拠。
1975年 - 北部にキプロス連邦トルコ人共和国が発足。
1977年 - 最初の統合交渉が決裂。
1983年 - 北キプロス・トルコ共和国が独立を宣言。
1997年 - 南部のキプロス共和国がEU加盟候補国となる。
2003年 -
4月16日 - キプロス共和国がEU加盟条約に調印。
2004年
2月 9日 - 国連の仲介により南北大統領の統合住民投票案実施協議が始まる。
3月31日 - 国連案の修正による住民投票案が合意。
4月24日 - 南北同時住民投票がギリシャ系側(キプロス共和国側)の反対多数 により 否決。
     5月1日 - キプロス共和国がEUに加盟。
     10月3日 - トルコ政府がキプロス共和国を国家承認しないまま、EUはトルコとの加盟交渉を開始。
2006年
     5月21日 - キプロス共和国が総選挙を実施。統合反対派が勝利。
     12月11日 - トルコのキプロス共和国不承認問題のため、EUがトルコとの加盟交渉を一部凍結。
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by m-morio | 2007-02-01 20:12 | 市民カレッジ | Comments(0)