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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 世界の中の日本

「世界史」を学校で教わったのは既に半世紀も前のこと。
現在の高校生の教科についてはその様子は全く分からないが、私たちの時代は、数学は「解析Ⅰ・Ⅱ」と「幾何」、歴史は「世界史」と「日本史」だった。
この歴史の教科は、文字通り「世界」と「日本」を分離した内容だったように記憶している。

その狭間とでもいおうか
「世界史の中の日本」~見直そう、日本の歴史~
という講座を受講した。

両史を別々のものとしてとらえるのではなく、「世界」の動きの中で「日本」がどのようにかかわってきたのかという観点から考察しようという講座です。・・・と書くと、随分小難しいことをと思われるかも知れませんが案外気楽な講座です。

今回は、短期間。。。
「16世紀のポルトガル・スペインと日本」
「19世紀のアメリカ・ロシアと日本」
というものでした。

まあ、内容としては高校で教わったことの復習のようなものでしたが久しぶりに高校生時代を思い起こさせてくれました。

この二回の話を聞いていて興味を覚えたのは。。。。

16世紀に、日本から西欧へ二つの使節が送られている。

1 天正遣欧少年使節
1582年(天正10年)に九州のキリシタン大名の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団。
およそ8年間に及ぶ滞在。
2 支倉常長
伊達政宗の家臣で、慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航。通商交渉をその主目的にした。こちらはおよそ7年間の滞在。

この使節団の帰国後は必ずしも恵まれたものではなかった。

その後18世紀から19世紀には、船が漂流したことからとんでもない体験をした人がいた。

その一人は 大黒屋光太夫 であり、もう一人は 中浜(ジョン)万次郎 である。
光太夫は9年半、万次郎は10年という長期間の漂流、滞在となった。

光太夫については 井上 靖 の 「おろしあ国酔夢譚」 (文春文庫)、 吉村 昭 の 「大黒屋光太夫」 (新潮文庫) があり、岩波新書にも登場する。

一方、万次郎も 津本 陽 の小説 「椿と花水木」 (新潮文庫)となっている。
特に、万次郎は帰国後、当時の幕府にも重用され晩年は悠々自適の生活を送ったとか。。。

機会を見つけてこれらの書籍を手にしてみたいものと思っています。

大黒屋光太夫 漂流・旅程図
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by m-morio | 2007-09-07 13:17 | 市民カレッジ | Comments(0)