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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 : 「モンゴル」

地図
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国章











今秋のカレッジは、「ロシアと中国の狭間に生きる国々に焦点をあててみよう!」というのが主題です。  初回は「モンゴル」。
「モンゴル」と聞くと、
遊牧民族が大草原を馬で疾駆する姿を想像するのではないでしょうか。その象徴的な様子は「国章」に良く現れています。
それともいろいろ物議をかもし出している相撲界のことを考えますか。
モンゴル=「勇敢で鼻息の荒い人」という意味だとか・・・。
13世紀の初めに、ジンギスカンがアジアとヨーロッパにわたる大帝国を築いたことはあまりにも有名です。
講義では、そのジンギスカンの侵略振りにも多少触れられましたが、特に興味深かったのは

・「ロシア人はジンギスカンを嫌う」ということ
そして
・「モンゴル人は中国人を誰よりも嫌う」ということ
です。
誤解されるといけませんのでお断りしておきますが“一時期”の話としてうけとめてください。

1 「ロシア人はジンギスカンを嫌う」
 ジンギスカンといえば、モンゴル人にとって、民族を大統一した英雄であり、世界中の誰もが今なお記憶している名前です。
ところがモンゴルではあまり大っぴらにこの名を口にしてはいけなかったのだそうだ。

司馬遼太郎が「街道を行く5 モンゴル紀行」(朝日文庫)で語っている。(1978年のことである)
「浮世の義理である」
ソ連人が、これ(*)を嫌がるのである。公式的には、ソ連人は、モンゴルのジンギスカンというのは、あれは侵略者だ、だからいけない、という。
(*)ジンギスカンを話題にすること
「タタールのくびき」といわれる。
1243年から1461年までの218年間、ソ連はモンゴルに支配されていた。この屈辱が脳裏から離れないのでしょう。モンゴル人を嫌うというよりも、ジンギスカンを嫌った・・ということのようです。

2 「モンゴル人は中国人を誰よりも嫌う」
 モンゴル民族は“強い”民族のようです。あの“ジンギスカン”に代表されるように。。。
とにかく“肉”を食べる民族としても有名です。1頭の羊を血の一滴さえも漏らさず食料にし、生活用具へと加工する。
モンゴル人は、もともとは野菜を食べない民族だったようです。ビタミン類は、動物の乳や肉、内臓から摂っているから不自由は無い。一昔前には、皿のすみに野菜が載っていると、それが不潔なものであるかのように気味悪げにそっとフォークで遠避けて他のものを食べるといった人が多かったらしい。(司馬遼太郎)

講師が余談で・・・
モンゴルからの女子留学生が日本に来た当初は「肉が食べたくて、食べたくてしょうがなかった」「でも高くて買うことができない」「1年ほどは本当につらかった」と語っていたそうである。

遊牧民族は、農耕民族を蔑んだ目で見ていた。自尊心が強いのだ。
特に、農耕民族が土の上を這いずり回ってほじくり返している姿を馬上から見下ろしている光景を想像するとその気持ちが少し理解できるのかもしれない。
野菜は“草”であって、家畜が食べるもの。その家畜を食べるのが“人間”という発想だ。

遊牧民=モンゴル人 と 農耕民=漢民族(中国人)について前記の書物を引用しておきます。

東アジアの歴史は、騎馬民族と、中国本土の耕作の適地にいる農耕民族の抗争の歴史として捉えることができる。夏、秋のモンゴル高原が多雨で、冬に草が枯れる場合、かれらは草を求めて、辺境に向かって南下する。辺境は騎馬民族にとってそこも自分たちの遊牧地であると思っているのに、そこには既に漢民族の手で耕地になっている。そこで襲撃と略奪がおこるが、騎馬民族にとっての真の目的は、農耕民にとって害である雑草なのだ。雑草を得て家畜を養う。時には連年居座ることもある。連年居座れば農耕民の印象からみると土地を彼らに奪われたように見えるが、遊牧民族のモンゴル人は、土地についての所有欲は信じがたいほど薄い。「なぜ、農耕民は土地に執着するのか」と、当時の彼等にすればむしろその方が奇怪で不思議であったに違いない。(司馬遼太郎)


「モンゴル帝国の成立・発展」について、詳しく知りたい方は
「世界史講義録」をごらんください。 ある高校教師の講義録です。
№41と42です。
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by m-morio | 2007-10-07 16:03 | 市民カレッジ | Comments(0)