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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

受け売り 現代史 : バルト三国

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◆バルト海(Baltic Sea)は、北ヨーロッパに位置し、陸地に囲まれ、狭い海峡で外洋と結びついている海です。特筆すべきなのは平均塩分濃度が[26パーミル(海洋平均の31.9パーミル)]小さいことなのだそうです。
平均と比べて低くなる理由は3つあるとのこと。
・流入河川が多いこと
・水温が低いため蒸発量が少ないこと
・外海である北海への主な出口が大バルト海峡しか存在せず、大バルト海峡の手前に幅10kmの隘路が存在すること
だといわれています。



◆バルト三国とは、エストニアラトビア(ラトヴィア とも表示されますが地図帳に従います)、リトアニアをいいます。
バルトの名称は、勿論バルト海に由来しますがこの海はこの三国のほかにドイツ、ポーランド、スエーデン、ロシア、フインランド、デンマークも面していてこれら9カ国全てが歴史的に影響しあってきました。

◆歴史的には、北欧、ドイツ、ポーランド、ロシアなどのせめぎ会いの舞台となった地域ですが、エストニア人、ラトビア人の居住地域の大半がドイツ騎士団領としてドイツ人の支配する地域であり、リトアニア人の居住地域は、ポーランド人との歴史を共有しました。
しかし、三国の地域は19世紀初めまでには全てロシア帝国支配下に置かれ、1918年には三国が相次いで独立を宣言しましたが、さらに1940年には三国がソ連に編入されたという事実から、バルト三国としてひとまとめにしてとらえられてしまうことが多いようです。
そして、ソ連邦の崩壊過程でこの三国は相次いで独立の意思を表明し、ソ連政府がそれを認めたのは1991年になってからでした。

◆独立後の三国は、ロシアよりも欧州を向いています。三国とも二番目に多い民族はロシア系なのですが、それはソ連邦時代のロシアからの移民促進(入植政策)の結果であって、「ロシア人は支配者」という悪いイメージがなお強く残っているからと言われています。
ここで思い起こしますのがあの「民族強制移住」です。前回に地図つきで記載しましたが、これら三国の人々もその被害者だったのです。
分かりにくいかも知れませんが、(前回の)地図の左上がこの三国を示していましてシベリア方面へ強制移住させられているのです。
ともあれ、今三国はEU(欧州連合)とNATO(北大西洋条約機構)へ加盟し「脱露・入欧」が一層進み、ロシア系住民は肩身が狭い思いをしているようです。

◆余談になりますが、地図を見ていて新たな発見をしました。ロシアに飛び地の領土があったのですね。
上記の地図で黄色く塗りつぶした部分(リトアニアの南部)がカリーニングラード。
どうやらロシアの数少ない軍港のようです。
一方、この地はあのドイツの哲学者カントの生地でかつ墓もあるとのことでドイツ人が民族的な愛着を持つ土地でもあるようです。ポーラントとの関係が密なるリトアニアも境地にあるこのロシア領には気を使うということでしょう。
世界地図を改めてみて分かりましたが、ロシアの広大な領土でも海に面して軍港に適した場所はきわめて少ないのですね。バルト海に面したサンクトペテルブルグと日本海に面したウラジオストク程度と言われています。という意味ではプーチンさんももっと日本と仲良くしていかねばならないということでしょうか。

◆さて三国の今後は?
ロシア系住民は三国に残る(現地住民化)のか、それとも帰国するのか?
ということはともかくとして、EUに加盟した人口100~300万人程度の小国が生き残っていくためには多少の痛みが伴うにしてもヨーロッパの一員として残る=EU加盟以外に選択肢は無かったのかもしれません。

ソ連からの独立、社会主義から資本主義への転換、民族間の対立など独立後の三国は巧みに過去の負の遺産を乗り越えてきました。
常に大国の狭間で翻弄されてきたこれらの小国は、今は大変でもEU加盟は大きなメリットとなることでしょう。

* 更に 余談 を ・・・
あのお相撲さんの 把瑠都(ばると) は 「エストニア出身」です。
怪我に苦しんでいましたが、次の場所は十両から上がってくるでしょう。
怪力 把瑠都 の活躍がたのしみです。
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by m-morio | 2007-10-20 09:51 | 市民カレッジ | Comments(0)