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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

”コソボ” という活字を・・・

新聞の小さな記事で目にしました。
そう、コソボ自治州 です。セルビア共和国の中に位置しています。

“あの紛争”はその後どのような推移を辿っているのだろうか。
独立はできるのだろうか。
6月のカレッジで「旧ユーゴ」が取り上げられたときには前途多難の様子だったのですが。。。

旧ユーゴとセルビアとの関係は「旧ユーゴ」で簡単に触れてありますが、ここではセルビアとコソボの関係に着目してみたいと思います。

f0020352_13424746.jpg◆少し、セルビア共和国の歴史を辿ってみます。
1389年「コソボの戦い」でオスマントルコに敗退し、以後、約5百年間、トルコの支配下。
1878年ベルリン条約により「セルビア王国」の独立承認。
1914年オーストリア皇太子暗殺事件をきっかけにオーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦勃発。
1918年オーストリアが瓦解し、セルビアが中心となって「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」(後、ユーゴスラビア王国)建国。
1992年民族紛争とユーゴ解体の中で、モンテネグロ共和国とともにユーゴスラビア連邦共和国を樹立。
1999年コソボ紛争により、NATOによる80日間の空爆を受ける。コソボが国連統治下となる。
2003年セルビア・モンテネグロに国名変更
2006年モンテネグロの独立により、セルビアがセルビア・モンテネグロの承継国となる。(外務省HPより)

歴史とともに、セルビア共和国は83%がセルビア人(セルビア正教)、コソボ自治州は88%がアルバニア人(イスラム教)が占めていることも知っておく必要があります。




一つの国の中からその一部が独立を望むということは過去に多くの事例があり、また実際にその希望がかなえられていることも事実。
一方、数十年の抗争を続けながらもその所期の目的を達し得ないところもあることもまた事実。

◆両者の関係を単純化して書いてみますと・・
譲ることのできない一つのものを巡って、殺し合いも起きる争いを続けてきました。
歴史あるセルビア共和国はオスマントルコとの争いに負けて、以後約500年にもわたってトルコの支配下に甘んじてきました。その間にアルバニア人が領土の一角に住み着いたのが現在のコソボ自治州です。

そこで、セルビアは力でコソボを弾圧します。見かねた国連やEU、米国はセルビアをけん制し、コソボへの暴力はとりあえずやみました。
コソボは今、国連の保護下にあって国連、EU、米国の仲介による和解は大詰めにきています。
既に土地に根付いたコソボは独立を主張しています。セルビアは、先祖伝来の土地なので手放せない・・・と譲りません。

◆コソボ独立拒否の理由
・セルビアにとっては、独立を認めることによって「領土の10%強を失うことになります」
セルビアは、6つの共和国から成っていたユーゴスラビア連邦の首都として政治権力の中心でした。旧ソ連の崩壊後、次々と連邦内の共和国が独立し、最近では最後の共和国だったモンテネグロもセルビアと決別しました。
愛国心の強いセルビア人にとって「もうこれ以上領土を失うわけにはいかない」との思いがあるのでしょう。

・セルビア人にとって、コソボは民族の栄光と悲劇を象徴する場所です。コソボは中世セルビア王国の首都が置かれていたところであり、セルビア正教の聖地でもあるのです。
セルビア王国は「コソボの戦い」(1389年)でオスマントルコに敗れ、コソボはその支配下に組み敷かれ、同時にセルビアも服従することとなりました。その時から、コソボはセルビア人にとって「聖地」とされてきたのです。
注) “イスラム教”の国オスマントルコの支配下に入った住民たちは、セルビア正教から”イスラム教に改宗“していきます。

◆コソボでは、人口(190万人)の8~9割を占めるアルバニア系住民をセルビア系住民(1割ほど)が武力で支配していました。虐殺・暴行は目を覆うばかりだったとか。
結果として、アルバニア系住民とセルビア系住民との武力衝突となりましたが、1999年、NATO(北大西洋条約機構)の介入で取り敢えず収まりました。コソボを独立させるか否かの協議は大詰めを迎えました。

少し余談ですが・・・
1999年セルビアの首都ベオグラードにある中国大使館に、NATO軍のミサイルが命中し死者が出るという事件(事故)がありました。「誤爆であった」とNATO側は中国政府に謝罪しました。
この空爆は、セルビアの中のコソボに住むアルバニア人に対し、セルビア政府が弾圧をしているのをやめさせるのが目的でした。しかし、セルビアによるアルバニア人への弾圧はかえって勢いを増し、100万人ものアルバニア人が家を失って難民になるという悲劇を生みました。武力による阻止が、かえって火の手を大きくしてしまったのです。

◆今、報道によりますと・・
仲介役を務める米国・EU(コソボ支援派)、ロシア(セルビアの後ろ盾)が国連の事務総長に提出する報告書は12月10日が期限とのこと。
セルビア、コソボ両当事者の意見が平行線のまま時間切れを迎える可能性が高いようです。
「コソボが一方的に独立を宣言する」との観測が強まっているそうです。

セルビアは、一国二制度の下で高度な自治権を与えられている「香港型」を提案しているのですが、コソボ側は一蹴しています。
「独立だけは認めたくないセルビア」 と 「あくまでも独立に拘るコソボ」 の主張は交わる見込みはなく、交渉による解決のチャンスは極めて小さいといわれています。

再び武力による衝突が懸念されるのですが、セルビア側は 「どういう事態になってもコソボに派兵しない」 との方針ですから、NATOの轍を踏むことはないようです。
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by m-morio | 2007-11-15 13:51 | 市民カレッジ | Comments(0)