ブログトップ

はじめのいっぽ

hiro1029.exblog.jp

日々雑感を記録します

受け売り 現代史: コルカタ

今月のカレッジの初回は「コルカタ」です。
f0020352_15544467.gif
インドの東部の西ベンガル州の州都で、ガンジス川支流の低湿地に発展した都市です。

この都市名は、2000年に”カルカッタ”という英語読みをベンガル語風に改称したものです。

コルカタは、1686年にイギリス東インド会社が進出してくるまでは小さな三つの集落があるのみでした。
以後、商館の建設、前記の三つの集落の取得など着々と支配の基礎を築いていきます。
18世紀初めには、コルカタにはイギリス人の住宅地もできインド人との地域的な差別が表面化していきます。
そして土地や権益にからむ戦争などを経てコルカタは、ベンガルにおける商業根拠地からイギリス領インドの支配拠点へし変貌し、新たな都市構造の基礎が出来上がっていきます。
1772年にイギリス総督府の首都となり、1911年にデリーに首都を移すまでイギリスのインド支配の拠点として発展しました。

こうした歴史を持つコルカタには、イギリス統治時代の面影を伝える建造物がたくさん現存しています。イギリス女王記念館、インド博物館、聖パウロ大聖堂、現州政府庁舎は東インド会社の書記の合同宿舎だった建物などです。

多くの方は、コルカタと聞くとマザー・テレサを思い起こし、貧困の街、スラムの街を想像されることでしょうが、その両極端な様子を見ることもできるのです。
確かに、コルカタは過密都市であって路上生活者も多く、インドの他の都市に比べてインフラの整備が遅れ、スラムのような風景が多く目に付くのも事実のようです。
しかし、今コルカタは変わりつつあります。経済発展の大きなうねりの中にあってIT産業が発展し、新しい町もでき、停滞の期間が長かっただけにその変化が一層顕著なのだそうです。





市民カレッジの「現代史」も10回目を迎えました。
世界各地から毎日のように国際ニュースが届けられますが、ともすれば悲惨な紛争の記事が目を奪います。
これまでの講座では、いままさに起こっている世界各国の紛争を題材にしてその要因や現状および今後の見通しなどをさまざまな角度から勉強してきました。
その数は30カ国程度でしょうか。
民族紛争、宗教紛争、領土問題などその根っこはさまざまでした。
採り上げられた紛争はどれ一つとして解決していないように思います。

世界は冷戦が終わったことで、地域戦争には国連が介入して成果を挙げるようになり、国連主導による平和解決の道が緒についたと思ったところにあの9・11テロが起こりました。
アメリカがテロとの戦いに体力を消耗している間に、ロシアや中国が台頭してきました。
ロシアは、ヨーロッパに対する覇権意識を持ち、中国は、資源を目当てにアフリカの独裁政権との関係を強化しているようです。

このようなことをこの3年間に学んできましたが、残念なことに学んだことが記憶に残っているのは極めて一部でしかないということです。
頭脳の退化は待ってくれません。悲しいことにこれが現実です。
そのためにもその時その時に印象に残った事柄を記憶ではなく”記録”に残し、折を見ては振り返る手がかりにしようとの思いから拙い文章を書いています。

いつも言い訳がましく追記しています。
「論文を書こうとしている訳ではありません。また、このblogを読んでいただいている方々に何かをご教示しようなどという思い上がった考えもありません。
私がたまたま市民カレッジを受講し、それを機会に知ったことや調べたことを切り貼りして、後日振り返る時の参考にしようというメモ程度のものです。勝手な思い込み・・という部分があるかも知れません。事実と異なる部分がありましたら、どうぞご指摘ください。・・・」
・・・と。

今回の講座はこうした流れから少し距離をおいて四つの都市を巡ることになりました。
その四つの都市とは冒頭の「コルカタ」、そして「シンガポール」、「香港」、「上海」です。
その位置関係を地図上に示しますと次のようになります。f0020352_1604885.jpg
賢明な諸氏におかれましては、これだけでピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。
これらの都市の間にはどのような共通点があるのでしょうか。
これから一月をかけて訪ねてみることにします。
[PR]
by m-morio | 2008-06-08 16:02 | 市民カレッジ | Comments(0)