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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

再び ”ゲキ”を飛ばす

先日の日記で
「檄(げき)を飛ばす」という慣用句を、
正しく「自分の主張や考えを広く人々に知らせて、同意を求めること」
と理解している人が全体の19.3%であったのに対し、
誤って「元気のない者に刺激を与えて、活気づけること」と理解している人は72.9%であったことに触れた。
その後新聞などにそのことに関する意見なり感想が採り上げられていた。

しつこいようだが・・私が本来の意味を理解していなかったという反省を込めてもう一度弁明(?)の機会を。。。

「檄を飛ばす」という表現は早くから中国の史書に用いられていたという。これを今日のように日本で誤って使われるようになったのは何時ごろからなのだろうか。
新聞のスポーツ面などを見ていると、監督やコーチが選手を集めて「ゲキ」を飛ばしている報道も目にする。

「檄を飛ばす」が本来の意味から逸れて使われるようになったのは、 「檄」 というあまり使われない漢字が、刺激や激励の 「激」 と混同されて使われているからであろう。
私自身、「激を飛ばす」と誤った(?)使い方をしてきた。
いや、本来の意味を考えることすらせずに。。。

学者はこう言いいます・・・
「「檄」と「激」は木ヘンとサンズイを除く右側のゲキという音を表す部分が共通しているところからわかるように、極めて近い関係にあり、どちらにも「はげしくうつ」という意味がある。
だから、「檄を飛ばす」が誤って用いられるようになったのは理由のないことではないが、やはり誤りは誤り、こういう故事があったり由緒の正しいことばは、きちんと使ってほしいものである。」
・・・・と。

ところが前の日記に書いたように「広辞苑」には両方の使い方を併記している。
私にとって「広辞苑」は “絶対“ なのである。
間違いで無い限り使われても已む無し・・と妙な自己弁護をする。

辞書類の対応はいろいろらしい。
・本来の正しい使い方だけを載せ、誤った使い方は収めない
・両方を載せるが、一方が誤用であることを明記する
・正誤の判定を下すことなく、両方を併記する
この分け方からすると 「広辞苑」は「併記」 である。 少なくとも誤用とは書いていないのである。

このことは、私の誤用の逃げ道になるのか!?

◇誤用というのとはニュアンスが異なるが、理解が不十分なまま言葉=文字を使ってしまったということは「作家」の先生にもあるらしい。
最近読んだ著書の書き手がしみじみと述懐していた。
「全くの間違いではないが、少し意味合いが違う」表現をしたことを知ったのは単行本を上梓した後のことだった。よく調べなかった自分の怠慢ぶりに臍をかんだものだ。それから3年間、その言葉の説明が書かれた新聞(高名な人の論文)の切り抜きを後生大事に保存していた。今回、「文庫」化にあたってやっと正しい説明ができた。「申し訳ありませんでした。」
と結んでいた。・・・「文庫ためのあとがき」で

著名な作家と比較などするつもりはさらさらないが、思い込みは恐ろしい!!

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by m-morio | 2008-08-14 10:19 | 日々雑感 | Comments(0)