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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

地道な活動を知ってこそ相互理解が深まる

北京五輪が終わった。まだ、一月も経っていないのに随分以前のことのように思われる。

これほど話題を提供した五輪も珍しい。
中国国内ではいろいろなことが起こったが、それらへの対応は”力づく”との印象を拭えない。
事実、国家は五輪中の非常事態に最終手段を動員する用意もしていたという。

年明け早々のギョウザ事件、聖火リレーへの妨害とチベットでの人権抑圧など、どれも中国に対する悪い印象を持つような報道ばかりである。マスコミを通じて受け取る中国のイメージは、経済主義に走る人々、農村から大都会に出ては来たが住むところもない人々、人権無視の一党独裁体制・・・・・どれをとってもワンパターンである。
・・・との思いから開かれた講演を聴いた。
講師は、思想史研究家の 孫 花(そん か)さん(女性)で 演目は「中国を視る目、日本を視る目」。
五輪最終日の2日前のことだった。その一部をピックアップしてみる。

五輪期間中の中国から中国社会を理解しようとするのは意味が無い。それは、同時多発テロ直後の米国と同じ状況なのだから。
むしろ、中国に蓄積された社会的なパワーがどうやって持続的に中国の政治システムに浸透していくか、北京五輪後の中国における「中国式民主主義」の発展に、注目している。
四川大地震の救援活動は単なるボランティアではなく、市民が行政を監視するシステムでもある。
ボランティアは、被災地で、政府の官僚たちがきちんと支援に取り組んでいるかを見ていた。現在、このシステムを持続しようと提案されている。


農村建設運動を進めるグループにも注目している。
外国人が目にする発展した少数の都市の風景は、中国が抱える問題の肝心な部分を代表してはいない。中国は巨大な農村人口を抱えており、主要な問題は農村にある。今年初めのギョーザ事件も、農村建設運動とのつながりがある。中国社会でも食品の安全は非常に深刻な問題で、日本では知られていないが、中国の消費者は「安全食運動」を進めている。安全な農産物を育てる農家と、農産物を買って農家を支援する消費者とのネットワークである。
 さらに都市部では、出稼ぎ農民と都市住民が連帯し、農村の女性の権利を守るグループも活動している。


 
中国の庶民を「圧政のかわいそうな被害者」ととらえるのは事実と異なる。社会問題も民主主義システムの問題も中国には存在する。ただ、それらの問題に対し、普通の人々が政治的、社会的に奮闘することで、中国社会は変わってきた。
 反体制運動や民主化運動のように鮮やかさはないが、中国を変える力はここにある・・・と希望を込めて考える。


更に、チベットに代表される民族問題について
 五輪の聖火リレーを囲んだ真っ赤な中国国旗のような、一食に染まる議論ではなく、多様な意見が出されている。中国では、アジアの連帯を考える前に、中国の中で多様な立場の人の連帯を考えなければならない。私は、民族をめぐる議論がさらに展開し、いろいろな民族が率直に対話する社会的な雰囲気が民族の力で作られることを期待している。


・・と述べられた。

冒頭に触れたように日本での中国を視る目はワンパターンとの指摘があるが、一面ではやむを得ないのではないか。
我々が目にし、耳にする情報は(一般の人々には)メディアを通してしか入ってこないのである。
そのメデイアは、センセーショナルな事件などをあえて取り上げるからその陰に隠れる地道な活動の様子が伝わってこない。
ましてや、中国においては”報道が統制”されている。極論すれば、都合の悪い情報は握りつぶされるのである。

主張されるように「地震発生時のボランティア」は草の根運動のように地道な活動へと発展し、将来大きな成果に結びつくのかも知れないが、そのような情報は現状ではなかなか我々の眼に、耳には届かないのである。

民族問題ばかりではなくあらゆる方面において「率直に対話する雰囲気が民衆の力で作られる」のを期待したい。
揚げ足とりのような報道ばかりを垂れ流されるといつまでも事実を理解できず、相互の理解は深まらないのだから。
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by m-morio | 2008-09-08 18:42 | 中国のこと | Comments(0)