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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

二冊の本⑤・・・事件の処理とロシアの反応

◇事件の処理
津田三蔵が皇太子を傷つけたことは、日本国中に大きな衝撃を与えた。f0020352_923452.jpg
一方、地元における犯人訊問と調書作成は、三浦予審判事によって異例の速さで進められ、5月11日に事件が発生後、わずか8日間で調査を終了した。
調査は、津田が「謀殺未遂罪」を犯したものとして推し進められていた。
津田は、法の定めにより「無期以下の刑」を科せられることになる。大津地方裁判所も、常識的に津田の行為が普通の謀殺未遂罪を構成するとしていた。

しかし、政府閣僚と元老の間では、それを根底から覆す強硬な意見がひろがり、あらゆる手段を使って執拗に判事らへ圧力をかけることになる。
即ち、刑法第116条を適用すれば死刑を科すことができると主張するのである。
第116条とは、「天皇、皇太子らに対し危害を加え、または加えんとしたる者は死刑に処す」というもので、皇太子ニコライを日本の皇太子と同一視すれば、それを適用できるのだというかなり乱暴な解釈をごり押ししようと画策したのである。
その背景には、今回の事件に対してロシア側が激怒していて、死刑以外の判決では納得するはずがない。なんとしても厳罰に処してわが国の対面を維持し、莫大な賠償を求められたり、戦争に発展するようなことは何かなんでも回避しなければならないとの意識があったのである。
国の存亡にかかわる重大事件であるから、司法権の独立のみを主張すべきではない、というわけである。

しかし、こうした閣僚らの考え方に法曹界はこぞって猛反発する。
当時、就任したばかりの大審院長は総理大臣、司法大臣あて意見書を提出している。その内容は法曹界全体の意見を的確に表している。

このたびの津田三蔵の犯罪を処断するのに、刑法第116条(皇室罪)を適用しようとすることは、はなはだ重大な悪例を残すもので、「国家百年の大計を誤るもの」と断ぜざるを得ない。諸外国の例をみても、他国の皇太子に危害を加えた者に対する刑は、一般人に対して加えた者として処分し、ロシアでは2年以下の労役を科すにすぎない。もしも皇室罪を適用することになれば、それは「刑法を犯しまた憲法を破壊する」ものであり、わが「司法権の信用厳正を失墜するもの」である。
津田を死刑にしなければ、ロシアは苛酷な要求をわが国に突きつけ、それが戦争にもつながる恐れがある、と言われるが、「ロシア国は決して蛮野の国にあらず。・・・故に今回の一事を持って不法酷暴の要求をなし、外国の批難を招くが如き拙計」をとることはない。(中略)もしも、今回の事件で法律を曲げるようなことをすれば、各国は「益々軽蔑侮蔑の念を増長して、ややもすれば非理不法の要求」を突きつけてくることも予想される。
 右のことを考え、政治上からも法律を曲げることは断じてならず、それは「国家に不忠不義」であるだけでなく、天皇陛下の「神聖なる大権」にもそむくことなり、いまだかってない国の汚点になるであろう。


 津田の傷もほぼ治り、5月27日に公判が開かれることに決定した。
弁護人は自発的に申し出た2人に決まった。当初、公開裁判を予定していたが、その日の裁判所は、傍聴を求める人、報道関係者でごった返し、とうとう非公開となった。各地から集まった弁護士が反発したため、裁判終了後に報道関係者にその様子を漏らさないよう宣誓書とって15名のみ傍聴を許した。
 予想されたように、弁護人は第116条を適用すべきではないと主張し攻防が繰り広げられた。尋問、弁論が終わり、判決は追って申し渡すことで閉廷した。午後3時30分であった。法廷の再開は、午後5時50分。
刑法第292条、同112条、第113条第1項に依り「無期徒刑」となった。

判決を受けた津田三蔵は、北海道に送還されることになった。
北海道は遠隔の地で、冬は氷雪におおわれる。そこにもうけられた集治監に収容され、そのうえ苛酷な労働を強いられることは、死を意味するにひとしいものであると考えられていた。
津田は7月2日に釧路集治監におくりこまれた。そして、看守長に「私は、朝廷に対し社会に対し、まことに恐れ多き罪を犯しました。今後は、ひたすら謹慎し、徒刑囚として一心に働くつもりです」と言ったと言う。
しかし、その後津田は体調の不調を訴え、9月29日死去した。

◇判決に対するロシアの反応
 津田の裁判の判決に内閣は大揺れに揺れた。外務大臣はロシア皇太子の迎接不行き届きの責任をとって辞任、内務大臣も、警護不行き届きの責任を問われ辞任した。
最も憂慮されたのは、被告津田三蔵に死刑ではなく無期徒刑の判決が下されたことに対して、ロシア側が憤りをしめすのではないかということであった。
在日ロシア公使に判決の結果を伝えると、公使はその旨本国へ報告した。
 ロシア政府の反応を知るべく、駐露駐在公使が露外務大臣と面談した。
外務大臣は「貴政府がこの事件の処理に苦労したことは承知しているものの、この判決にはなはだ不快であるのは、わが皇太子に危害を加えた者を、一般人に危害を加えた者と同じ処分にしたことにある。」
「とはいえ、必ず死刑の処分をすることを望む意味ではない。死刑の判決が下った場合、わがロシア政府は、赦免を願い出る手はずであったのである。そうなれば、ロシアの面子も立ったのに・・・」
と顔をしかめた。
加えて、
「貴国の法律がそのようなものである以上、やむを得ないことは知っている。また、もとより加害者を殺してくれなどという気も全くない。したがって、わが政府としては裁判の結果に満足するほかはなく、わが皇帝陛下もご了承なされると思う。」といった。

これをもってこの事件は終止符を打たれたのである。
(つづく)
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by m-morio | 2008-12-06 09:34 | | Comments(0)