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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

カテゴリ:日々雑感( 246 )

 私の眼は年を重ねるごとに見えづらくなっている。
眼鏡の度を強くすることによってやり過ごしてきた。
2年前の運転免許の更新の際、視力でひっかからないかひやひやものだった。
事前に眼鏡を調整しなんとか更新することができた。

▼再び更新時期が1年後に迫ってきた。
最近の眼の具合は決してよろしくない。
虹彩炎だ、角膜潰瘍だと忙しい。もちろん視力のほうも芳しくない。
眼鏡店では、これ以上度を上げることはできないという。
体力が落ちた日常生活で、車の無い生活は大いに不便なことだろう。
もう少しの間、視力で不合格などという事態は避けたい。
残された道は「白内障の手術」ということになった。
もちろん手術をしたからといって0.7をクリアーできるという保証はない。
わずかな可能性に賭けることにした。

▼白内障は、加齢などの原因で、目の中でレンズの役割を果たしている水晶体が白く混濁した疾患。
手術により濁った水晶体を吸引し、吸引後、水晶体嚢の中に、"人工の眼内レンズ"を挿入することによって視力の快復を図る・・・というものと理解している。

 目にメスを入れるのだ。全く不安がないわけではない。
手術に先立っては、まず「気持ちの整理」=「覚悟」が必要かもかもしれない・・・
との思いを抱いていたところ、こんな書物が目に付いた。
吉行淳之介著 「人工水晶体」(講談社文庫)(1985年発刊の単行本を文庫化)
著者の”移植手術体験記”だ。実際に手術を受けたのは1984年のこと。
当時は、人工水晶体(今でいう人工レンズ)を移植するという手術は一般的ではなかった。
本書には30年前の医療技術を克明に記録されていて興味深い。
吉行さんは、入院しての手術で、術後眼鏡を使用したとはいえ視力1.5を得、その後全く異常はなかったという。
ついでに触れるならば宇江佐 真理さん(函館在住の作家で時代小説を書いている)も同様の手術を2011年に受けた際も10日間の入院が必要だったとか。

さて私の場合は、当時と如何ほどの違いがあるのだろうか。技術的に、である。
このことに興味がそそられる。
なんとかその経過をできるだけ克明に記憶してこようと他人事のような野次馬根性がむくむくと湧き上がっている。
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by m-morio | 2015-10-21 15:46 | 日々雑感 | Comments(0)
 プロ野球はいよいよクライマックスに突入した。
セリーグでは、審判団の大誤審に広島が泣いた。
黒田の復帰で密かに応援していたので悔やみきれない結果となった。
場外では賭博問題だ。 後味の悪いことはなはだしい。

▼スポーツ観戦が好き。
 年を重ねたのでTVでの観戦が主となった。
それは、サッカーでありgolfであり、野球、マラソン、駅伝等広範囲に亘る。
TVは多くのカメラを駆使し、過去のデータも披露しながら時にはアップで選手の表情などをVTRでも見せてくれる。 真に便利なことである。
 すべてのスポーツのルールを承知して見ているわけではないから、えっ! 今の反則なの? という場面に時々出くわすことになる。
実況の中では、ルールまで解説するケースは少ないが、試合展開に複数の解説者が競い合うように喋るのには閉口することも多い。

▼観戦の仕方は人さまざまだろう。
 試合の結果に拘る人・・勝負だから、勝ち負けが大事なのだからよくわかる。
最近の新聞のコラムで 「失点はないけれど得点もゼロ」などという試合は見たくない・・・
という言葉を目にした。
「結果第一」を全面否定はしないが、スポーツを愛するファンの一人として、それでいいのだろうかと疑念をもつことがある。
 野球。
貧打戦とは違う、息詰まる「投手戦」の醍醐味は捨てがたい。
たとえその試合が引き分けとなっても・・・

▼サッカー。
 最近は野球よりもサッカーを好む。
一つの理由は、野球があまりにも長時間にわたるからだ。(高校野球は別だが) 
それに引き替え、サッカー・Jリーグ戦は2時間で終わる。
 あるお国のファンは、明らかに結果第一で勝敗にだけ執着し、試合の内容など見ていない、といわれる。
内容を軽視しているわけではないのだろうが、結果の前にはいかなる美技も霞んでしまうらしい。
これはその国に限らず、現代の風潮ともいわれる。
 経営の観点から見るならば、勝たなければ収入が上がらない、結果として思い切った補強もできない。   すると、なおさら勝てないという負のスパイラルだ。
結果しか関心がなければ試合内容を楽しむ必要がないのか・・・。
なんともさびしいことだ。
勝利を求めるが、プレーそのものに楽しみや見どころを求めて試合を見たい。

▼そんなスポーツがサッカーだ。
先日のシリア戦。
勝利を喜んだのはもちろんだが、後半、FW宇佐美を投入した。
宇佐美が中央でボールを持つと左サイドの香川へ、最後は岡崎が決めた。
流れるようなテンポの良いパス回しは目を見張るものがあった。
こんなシーンが一試合に一度でも見られればたとえ結果が伴わなくても満足している今日この頃である。
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by m-morio | 2015-10-10 18:54 | 日々雑感 | Comments(0)

PC

情報技術の技術革新はめざましい。
ワープロ専用機からPCへと移行してすでに20年ほどだろう。
この10年で更にその進化の速度が上がったように思う。
メモリーカード一つとってみても、ごく普通に使っていたはずの「MB」のカードは使い道が限られてしまい、今や「GB」の時代となった。
また、送信・転送速度も一頃1時間かかっていたのが、数秒の速さだ。

PCは日常生活に欠かせない道具になった。
私の場合、日々のニュースのチェック、もろもろの記録そして予定の管理程度だが、
このPCが使えなくなると途端に生活のリズムが変わる。

8月某日、朝スイッチをONに。
ところが起動しない。
メーカーへ連絡したところ、ハードディスクが損傷している可能性があるという。
いろいろ押し問答するも、結局は修理に出すことに。

結果は、ディスクを取り換えることになったが、問題は「データ」。
不具合となったディスクからデータを取り出す作業にトライするが、どの程度復旧できるかわからないという。
機械がらみのことに疎い身としてはお任せするしか術がない。

最終的には、データは、C、Dドライブで700GB程度を確保できたとの連絡があった。
ディスクの交換やデータの取出しでおよそ3週間。

心配したデータもほぼすべてが戻ったようだ。
もっとも、復元したデータの大半は録画とbackup。
この分は未だ放置してある。

折角、自動backupの対応をしても、PCに残したままなら何の意味もない。
反省すること頻り。

それにしても、3年で故障とは・・・
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by m-morio | 2015-10-06 10:37 | 日々雑感 | Comments(0)
この2~3年間、身の回りでいろいろなことがありました。
健康上の問題、身内の諸事情などです。
そんなこんなでブログの更新が長期間滞りました。
やっと落ち着いてきましたのでボチボチとアップを開始ます。
いつものように、思いつくままの駄文ですがご覧いただければ幸いです。
10月から再スタートします。
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by m-morio | 2015-09-28 19:06 | 日々雑感 | Comments(0)
▽今年も年賀状のお年玉当選番号の発表がありました。
この抽選には当たらなくなりました。
最下位でもいいから・・・と念じながら番号をチェックします。
ひと昔前は、商品も豪華でその数も多かったと記憶しています。切手シートを何枚も頂いた。
今年は1枚。
まあ、当たっただけで良しとしましょうか。

▽喜寿を迎えるような年齢になりますと、「喪中」のお知らせが11月から沢山?届きます。
時には、12月半ばに入ってから・・・ということもあります。
良く見ると、12月に身内に不幸があったとの知らせです。
このようなこともありますので年賀状を投函するのは24日頃と決めています。
このお知らせも年を重ねるにつれその内容に微妙な変化があります。
親御さんよりも兄弟姉妹の訃報がその大半を占めるようになりました。
年をとったなあ・・・と感じる一瞬です。

▽賀状は何時ものように、「形ばかりの年賀」(ゴメンナサイ!)と「近況を認めた賀状」に大別されます。

千葉にお住まいの先輩からは、毎年菜園の様子が届きます。
ご本人と奥様の趣味にも触れられながらの近況は、いつも心待ちにして読ませていただいています。

元同僚は、ここ数年連続して全道展(絵画)の入選作品をハガキ一杯にプリントして届けてくれます。ただ、困ったことにその抽象的な表現を十分に理解できないのが残念ですが。

弁護士のK先生は、現役時代顧問弁護士として大変お世話になった方。
賀状には、何時も世相に触れられた言葉が添えられています。
先生も既に傘寿を超えられたはず。事務所も3名体制になったとのこと。

高校時代の同級生からは、いつも難解な言葉を散りばめた賀状が届きます。
よくまあこんな表現が思いつくものだと感心しています。
「懐かしいモノクロ映像の溶暗するごとく・・・」という書き出しで・・。
何となく理解はしても、新年早々こんな難しい表現に出くわすのも少々困ったものです。
今度会った時に「小言」を言っておこう!
・・・・奈良県在住のためなかなか会う機会が無いので、実現した際にはこのことは忘却の彼方かもしれませんが。

▽振り返って、我が賀状は・・・。
いつも二種類作ります。一つは家内のためのものです。こちらには、趣味の陶芸の作品を貼り付けます。
そしてもう一つは私の知人等あてのものです。
形式としては、上部に写真を一枚配置。
勿論、自分の作品ですが、体力の衰えで新作が少なくなっています。
下部に近況を。そして、余白に一言自筆で。
・・・というのが最近定着しています。
受け取られた方にポイと横に置かれることなく、少しでも目を通していただけるように腐心するのですが、
なかなか満足のいくものはできませんね。
暇に任せて、一月もの間、もんもんとした割には・・・です。

▽今年も、「今年限りにします」との添え書きがついた賀状が届きました。
以前にもこの種のあいさつを受け取りました。ほぼ80歳位の方々でした。
残念ながら、それから1~2年後に訃報が・・・。
家族からは、「お父さんが 選別 されたのかもね」と言われています。
あり得ることでしょう。10年も20年もの間会う機会がない方々ですから。
そこで一句
「添え書きにこれで終わりと幕を引く」 (「どうしん川柳」より)

来年は出せるかどうかわかりません これが最後かも・・とあったのは 今年93歳になる伯母からの賀状でした。

▽体調は!?
賀状に「当面の目標・・”東京五輪”と”はやぶさ2の帰還”を見届けること」と認めましたが、
本音は10年先を見据えています。
多病息災 です。

無理せず、花の写真を撮ったり、パークゴルフを楽しんだり、年に1回は孫に会いに行く程度のことを目指します。

そうそう
孫の たっくん のお母さんが昨年末に自宅で雑貨店をオープンしました。
週3日間のみの営業という店です。
京都四条通から少し入った場所にある京町家を手直ししての開業です。
「sumao」という店。
http://sumao.info/
興味がおありでしたら覗いてみてください。
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by m-morio | 2015-01-19 09:51 | 日々雑感 | Comments(0)
例年この時期には賀状から見る世相などを徒然に載せてきましたが、
今年は我が家が喪中につき新年のご挨拶を失礼させていただいていますので、
”賀状なし”のはずなのですが、数枚だけ届きました。

PRを兼ねた企業からのものは別にして、お知らせしたにもかかわらず、ご丁寧に( ^)o(^ )投函していただいた方によるものです。
敢えてお届けいただいたのか、単なるチェック漏れなのか・・・わかりません。

まあ、こんなこともありますよね。
喪中のハガキに「年賀状お待ちしています」と添え書きするご時世ですから。
賀状をいただいた方へはどう対処しようか・・・・。
喪中の人に賀状を送っても失礼には当たらないのだというから放っておいてもいいのかも知れませんが、7日すぎたら寒中見舞いであいさつしておくのが通常らしい。

▼さて、昨年は少々大変な年でした。
まず家内の妹が亡くなりました。
入院生活中に私ができることは殆どありません。
手足や腰を擦ってあげるわけにもいかず、せいぜい家内が見舞いに行く際の運転手を務める程度でした。
最後の2か月はホスピスにお世話になり、静かに旅立ちました。6月のことでした。

▼そして、9月
持病の定期診察時の検査で異変が・・・。
早期入院の指示です。
間質性肺炎。肺に菌が侵入。
当初は10日程度の入院か・・・とのことだったのですが、
ずるずると長引き結局は3週間超もの間、
個室に留め置かれてしまいました。入院経験の最長記録です。
結果、全身の筋肉が削げ落ち、体重も減少。
帰宅直後は散歩もままならない始末でした。
通常の体調に戻ったのは2か月後です。

▼良くないことは続きました。
私の後を追うように、小樽で独り住まいの妹からSOSの電話が入りました。
具合が悪いと・・・。
私は入院中、兄弟は地方に住まいしているので、家内が右往左往。
岩内の弟に出馬願ってなんとか対処。
先々のことを考え札幌へ転院。
正月を病院で過ごすことになってしまいました。
私の退院後は、妹の見舞いがリハビリを兼ねることになるとは思いもよらないことでした。

▼悪いことばかりではありません。
昨年に続き、”たっくん”が冬の札幌に来てくれました。
もう来年は中学生です。
ミニバスケットチームに所属して練習・試合にと大忙しです。
そのおかげで、筋肉質の締まった体に成長しています。
今回もスキーがお目当てです。
昨年はトマムでしたが、今年は我が家から行ける、テイネハイランドと国際スキー場です。
お父さんが滑りながら撮ったビデオを見ると、関西育ちの”たっくん”ですが、なかなかのものです。

存分に楽しんだことでしょう。そろそろ戻ってくる時間です。

▼正月
元日は、天候があまり良くなかったので北海道神宮は諦めて近くの神社へ初詣で。
おみくじを引くと、たっくん、お母さん、そして じいじ が「大吉」。

今年は良い年になりそうな予感です。

月並みですが、皆が日々健康で過ごせることを望んでいます。
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by m-morio | 2014-01-03 16:44 | 日々雑感 | Comments(0)
思い立って”字を書こう”と決心しました。
昨年11月下旬のこと。
日頃、ペンを持つのは、年に数回の手紙を書くときぐらいだろうか。
その手紙も、時によってはパソコン処理となったこともあった。
字はどんどん忘れていく、筆順となると全くのでたらめだ。
書く字の大きさもバラバラで、なんとも見苦しい。視力も衰え、とうとう近距離用のめがねを更新した。

▼そんな折、購読する北海道新聞に「卓上四季ノート」の広告を見た。f0020352_1210630.jpg
朝刊のコラムをノートに転記していくというものだ。
注)朝日新聞ならば「天声人語」に相当。天声人語ノートも市販されている。
書き写し学習だという。
このコラムは、社会情勢や出来事を紹介しながら筆者の思いをつづっている。
文字数は554字と決まっていて、6つの段落に分かれている。
書き写しながら、言葉、漢字を抜き出して辞書で調べたりする。
毎日続けていると、「現代史」の講義にも通じるし、文章を読取る力よりも雑学が身につくような気がする。

▼そんなことをはじめて3ヶ月になる。
続けていて思うこと
・桝目(原稿用紙の)の中に(真ん中に)キチンと文字を収めるのが案外難しい。f0020352_12103690.jpg
大きさを揃えることもさることながら、縦線(縦棒)を引くのにもすっと真っ直ぐに引けずに曲がっている。
性格の悪さか・・・などと自嘲している。

・書き写しに際しては、略字を使わず、コラムの文字通りに転記しているのだが、どうもうまく格好がとれない字がある。
「門構え」の字。
門・問・聞・悶・閥など。桝目にバランスよく収まらないのだ。しかも、これらの文字が案外頻繁に登場する。出てくるたびに難儀するのだが、一向に上達する気配はない。

・読めても、書けない字も多い。
憐憫・飢饉・膨らむ(膨大)・噛む・囃子・褒める・海鼠(なまこ)・羹(あつもの)・膾(なます)・脆弱・癒すなどなど。虫眼鏡を取り出してゆっくり書き写すと、文字のバランスどころではない。
時には、小学生向けの「漢字の書き方辞典」を取り出してくることになる。

・筆順に戸惑う文字もある。
壺・飛

・普段あまり使うこともない文字に、蕩尽(とうじん)(財産などを湯水のように使い果たすこと)・口吻(こうふん)(昆虫などの長い口)

・・・・などに悩まされていると結構な時間がかかる。

▼ノートは間もなく4冊目になる。1ヶ月1冊だ。
文章の読解力がつくかどうかは些か疑問ではあるが、毎日、朝のひと時、前日分を(コラムを切り抜くので、1日遅れになる)、できるだけゆっくりと一字一字を丁寧に・・・と心がけながら、554文字を30分ほど掛けて転記する。
取り上げられた話題に関する記事や写真を貼り付けたりするので、ノートは着膨れ状態。

▼書き写しには、万年筆を使っている。
ごく普通の国産メーカー品。もう20年来の物だ。引き出しに収まっていた時間も長いのだが。
この万年筆は、いま、再び命の息吹を吹き込まれたとでも感じ出したのか、なかなかの書き具合で良い按配である。
先日、文具店のコーナーで雑談。
立派な筆記用具が沢山並んでいる。中には蒔絵を施したもの、モンブランなどの外国メーカーのもの。お値段も相応。

お店の担当者に「長年使っているけれども、不具合がない」というと「そうですね! 落として破損させない限り、一生物ですよ」と。

20年前の1万円程度の万年筆も、今再び活躍の場を得て生き生きしているように見える。
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by m-morio | 2013-02-23 12:18 | 日々雑感 | Comments(0)
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・・・と題して書くのは何度目だろうか
「年賀状」は、ハガキ派か、メール派か などと言われたのは、既に随分昔の話のように思います。
若い人たちの中には、毛嫌いする人もいるのかもしれない。

・・が、年賀状がまだままだ売れているところをみると、まだ世間で認知された存在なのだろう。

今年も多くの人たちから賀状を頂戴しました。

いつものように、思いつくままに。。。

▼昨年末ほど賀状の交換をしていた人が亡くなった年はなかったろうと思います。
このあたりに、自分がいかに年を重ねたかを実感します。
80歳を超えた先輩から、同い年の元同僚、そしてはるかに年下の従兄弟までその幅は広いのですが。。
寂しい限りです。

▼最近、私がお出しする賀状は、
①自分が撮った写真を一枚貼り付ける(風景写真が多い)
②夫婦連名で書くので、それぞれの近況を一言
・・・ここまではPC処理
③さらに、手書きで一言
というのがパターンです。
この「写真」が一部の方に好評のようで、毎年楽しみにしています・・
などと触れられているとなかなか嬉しいものです。

仕事を離れてほぼ10年、知人・友人と会う機会は極端に減ってしまいました。
いつまでも年を取らない(?)人々の”お顔”を思い浮かべながら書く一言も悪くないと思うのですがいかかなものでしょうか。

▼3年前、古希を迎えるにあたって「今後の賀状を失礼する」旨を書き添えてきた知人がいました。
結局、飲み会にも出てこなくなり疎遠になってしまいました。
今年は、お二人の方から、高齢あるいは体調を理由に「今年をもって欠礼する」との添え書きをもらいました。

娘は
「なんか寂しいね」
「ひょっとしたら、お父さんが除外されたんじゃないの(ー_ー)!!」
なんて宣(のたま)う。
うーん
選別されてしまったか! あり得るのかも

お父さんは、どうする? 80歳位になったら”止める?”

また、
うーん 
多分! 字が書けるまでは止めないかもね。。。
体調次第というところでしょうか。。。。
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by m-morio | 2013-01-04 20:17 | 日々雑感 | Comments(0)
時代小説を愛読している。
時代背景は、江戸時代が多い。
権力闘争あり、下町の人情話ありで、なかなか興味深い。
最近手にした本に、「奥右筆」という職分の者が登場してきた。

「奥右筆」=江戸幕府の職名。若年寄に属し、公文書や記録を管理し、先例を調査して老中の政務の資とした・・・・「広辞苑」

 五代将軍綱吉のときに、右筆から分離して作られたもので、当初はその職分もはっきりと区別されたものではなかったらしい。
もともと、奥右筆は老中たちに奪われていた政(まつりごと)の実権を、将軍家へとりもどすために設けられた職であるという。
ときの将軍の都合で、いろいろと改革が行われたこともあり、幕府の公式行事のみを担当するといいながら、将軍家菩提寺の年忌法要などもあつかっていた。

右筆(表右筆)とは前例のある書付相手の仕事である。まったく筋違いの役目から移ってきたのでは、とまどうことになる。いわば、表右筆は奥右筆への修行の場であった。
また、大名や旗本の家督相続、隠居、婚姻などの書付も扱う奥右筆は余得も大きかったようだ。
なにせ、奥右筆の筆が入らないことには、相続も婚姻も効力を発しないのだ。
世継ぎ無きは、断絶。多少緩和されたとはいえ、これは幕府の決まりであった。
相続の願いをいつまでも放置されては、家名に傷が付く。
そして、どの願いをいつ処理するかは、奥右筆の胸三寸なのだ。

また、奥右筆の仕事に、幕府役人の任免の記録があった。
「免」は楽な仕事であった。何年何月何日に、どのような事情で誰それが罷免されたと書くだけだからである。
問題は「任」にあった。
任の場合、その候補となった者が、過去に問題を起こしていないか、一族に利害の重なる役目に就いている者はいないか、本人の素質は合っているかなど、ふさわしい人材かどうかの調査をしなければならない。これも奥右筆の仕事であった。

さて、今、本邦では新たな組閣の準備が進められている。
目まぐるしく首相や大臣が変わることで世界的に有名になってしまった。
その分、国の立ち位置も下がる一方という体たらくである。
大臣が頻繁に変わる一つの理由に、新任大臣の失言がある。
また、不適切な献金を受けていたり、暴力団との関係などなど多岐にわたる。

言っても詮無いことではあるが、今、「奥右筆」が存在したならば、資質から過去の言動までしっかりと調査してくれるのだろうが。。。。

26日に閣僚の顔ぶれが明らかになる。
間違っても、浮かれて”失言”など発しない御仁であってほしい。
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by m-morio | 2012-12-22 18:54 | 日々雑感 | Comments(0)
春分の日を迎えようという時節にもかかわらず、北海道は寒い。
真冬日の今日19日は、市内の小学校の卒業式が行われたとのことで、テレビには“和服姿”の男女の姿が見えます。時代の変わりようを感じています。

70代の私が小学校を卒業したのは60年も前のこと。
昭和27年頃というのは、戦後の復興を目指していた時代です。
まだまだ物が不足で、ひもじい思いをした記憶がありますが、この70代の人たちは、戦場に行かずにすみました。

中学、高校へと進み、大学も入ってしまえばトコロテン式に押し出され、社会は高度成長期。
就職は売り手市場で、学校の推薦があれば、面接を受けるだけ。
どうぞ入社してください・・・・という時代でした。

将来はばら色、どんどん世の中が豊になっていくという感触がありました。

ごく普通に就職し、家庭を持ち、子供たちも就職活動に奔走することもなく、非正規社員か?などと我が子の行く末を案じることの多い現在に比べれば親としてまあまあ幸せな世代なのではないでしょうか。

今、年金生活。
でも、「年金」と一口に言っても、これには個人差があるでしょう。
現役時代に、しっかりと将来を見据えて、個人年金の備えをしていた人は、まさに悠々自適といったところでしょうか。

年金のカットも始まっています。
2012年度も、前年度に続き0.3%減額されることになっています。
さらに、特例措置法で、マイナスの物価スライドを行わず年金額(2.5%)を据え置いてきたために、これを3年かけて解消しようという法案が通常国会に提出されています。
決定すれば、今年10月からさらに減額されることになります。

でも、我々70代は、この年金カットの影響も比較的軽微で通り過ぎることができそうな最後の世代なのかもしれません。
60代の人は、恐らくそうは行かないのではないでしょうか。

ならば、恵まれた世代の我々は何をすべきなのか。。。。。
長年の持病のせいで、体は思うように動きません。
せめてマンションの役員をお引き受けし、細々とした買い物で消費税を納めることなのでしょうか。

孫のたっくんは、つい最近、小学校に入学したと思ったら4月には5年生です。
中学生も目前です。
高校、大学、そして社会人に・・・・。

10年後の社会は、日本の人口も減少局面に入り、社会における競争相手は外国人労働者・・・ということになっていくことでしょう。
70代の我々の時代とは趣を異にした競争の時代になるのでしょうね。

たっくんには、目を外に向け、できることなら海外に飛び出して欲しいものと・・・・

寒い一日 窓外の雪模様を眺めながら じいじ は 妄想を逞しくしています。
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by m-morio | 2012-03-19 19:41 | 日々雑感 | Comments(0)