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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

カテゴリ:日々雑感( 246 )

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今年のお年玉付年賀はがきの当選番号が発表されました。
上位の賞品を当てたことなどありません。いつも「切手シート」です。
いや・・・数年前に一度切手シートすら当たらなかった年がありました。
今年は一枚のみ。  娘などは ゼロ だっ・・と口を尖らせている。
その年々の干支を図案化したデザインがこれなっですが、見本なので見苦しいですね。。

右・・・・・相模土鈴(さがみどれい)「頭竜(とうりゅう)」
左・・・・・土佐和紙雁皮張り子(とさわしがんぴはりこ)「龍(たつ)

[追記]現物を入手しましたので・・・↓f0020352_1518432.jpg

毎年、この機会に、頂いた年賀状を読み直すと、正月の時とはまた別の想いが沸くことがあります。
私が受取る賀状の数は、高々百数十枚。
この年になると、最後にお会いしたのがいつなのか殆ど記憶にない方が多くなります。
面談することなく近況を交換しています。
家族のことに触れられることは少ないので、殆どがご本人のことやせいぜい奥様のことなどです。

頂く賀状の多くはほぼ私と同年代の方です。
年齢で一番若い(と思われる)のは誰だろう?(身内を除く)・・・などと考えながら眺めて見ますと、一緒に仕事をした女性でわが娘よりも若い方もおりますが、例外的な存在で、ほぼ50歳以上で70歳前後の方が多いようです。最高齢は85歳か?   身内では90歳の叔母が最高齢です。

そんな中での話題です。

▼なかなか難解な賀状をくださる方がおられます
 全文が難解ということではないのですが、近況報告の中で引用されている言葉=引用句が難しい。
例えば、こんな具合
「老いに 至りて 娯を増す」と引用されています。
おそらく、年齢を重ねると共に趣味を増やす・・・という意味合いだろうと受け止めています。
さらに、 「精忙は養を成す 過閑は養に非ず」 とあります。
何となく理解はしていますが、ここに解説するには力不足です。

別の方は、辞書を引いても見つけられない文字が多くて(PCでも変換できない=読み方すら分からない)、ここに書くことが出来ませんが、
海外で登山をし、その荘厳な姿にただ伏し、精神の満足を得た・・
というような意味にくみ取れるのですが。。。。
今年会う機会があったら聞いてみようかなぁ(~_~)

▼秀逸だったのは、孫のたっくん一家からの賀状
 息子一家からの賀状は毎年楽しみにしています。
今年は、たっくんが料理に目覚めて、ほぼ毎朝家族の好みに合わせた”玉子焼き”を作ってくれることを題材にしたものでした。
この玉子焼き・・・なかなかよくできるんです。じいじが昨秋滞在した折にも、”今日のお好みは何? と 焼き方・味付けを聞いてきました。
玉子焼きにはあまり包丁は使いませんが、出来上がった"作品"は、たっくんの”My 包丁”でカットしてくれます。
学校へ行く時間が迫っているのに、一所懸命の結晶は ほっこり と美味しいです。

▼喪中のお知らせも沢山頂いた
私が出す賀状の約1割の数になります。
ひところは、祖父母の不幸が多かったのが、いつの間にか、親を通り越し、兄弟の他界の知らせも多くなりました。
その中でも、一番残念だったのは、元職場で大変お世話になった方が他界され、ご母堂さまからのお知らせにはこころが痛みました。私よりも遥かに若く64歳。
 また、私が転職した先の当時の常務取締役が亡くなられました。この方の場合、ここ2年ほど賀状が届かなかったので、年末に前職場に電話して初めて亡くなったことを知った次第。
職場でも最近知ったばかりだった由。福岡県久留米市に住まわれ、随分前に勇退されていたため情報が遅れたようです。
さらに、今年も賀状をいただきお元気な様子だった先輩が先日他界された。享年85歳。
ただただ皆さんのご冥福をお祈りしている。

▼賀状はいつまで・・・
 1年前に、私の知人の賀状に、70歳を機に賀状を打ち切りにするとの添え書きがあったことに触れました。70歳とはいわないまでも、相応の年齢になると、毎年のように喪中のお知らせを出状するのが辛くて賀状を出さないことにしたという話を聞いたことがある。
人それぞれの考えがあるから、その是非を云々するつもりはありません。

自分の場合は?
恐らく自分で書けるまで続けるだろうなぁ。 
直接の交流は日増しに疎くなりつつある今日、せめて賀状を通して近況・心境をお届けできれば・・・・
との思いです。

こんなことを書いていて、ふとある作家を思い出しました。

「小生、老化いちじるしく、このうえは身じろぎもせずじっと自然死を待つ決意を固めましたので、賀状は本年かぎりにさせて頂きます。
これまでの御芳情を感謝致します。
ではさようなら。
皆さまはお元気で。

世を捨てた 北杜夫」


いわずと知れた、どくとるマンボウさんです。

この時は、マンボウさんは、遅くても2年ぐらいで死ぬつもりだったらしい。
ご本人の思惑とは裏腹に、その後も躁鬱との戦いを続け、鬱に落ち込み、躁のときは博打に現を抜かし、腰痛に悩ませられながら海外を旅したマンボウさんも、終に昨年旅立たれた。

競馬好きで、ある時の天皇賞で優駿が骨折し、安楽死させられたとき、

娘さんに

「パパも何とか安楽死させてくれ」

と言ったら、

娘さんに「名馬じゃなくて駄馬だからダメ」と言われたのだとか。。。。

芥川賞作家も形無しである。
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by m-morio | 2012-01-23 14:59 | 日々雑感 | Comments(0)
▼私は、コーヒーは、日に二杯程度しか飲みません。
一人分をドリップして飲みます。  家内があまり好みませんので、一人分です。
我が家では”味覚音痴”と言われているように、どのように美味しいのか・・・という講釈はできませんが、
まぁ、 美味しい と感じながら楽しんでいます。
一日二杯というのは、午前と午後に各一杯ということになります。

3時以降は飲みません。
絶対に。。。
何故かといいますと、”カフェイン”に可なり敏感なためです。
この時間を過ぎてから、お茶・紅茶の類を含めて一切飲まないことにしています。
眠れなくなります。
朝まで 悶々とすることになりますので。

そのタイムリミットが午後3時というのが経験則です。

▼久しぶりに以前に購入していた珈琲店まで出かけてみました。f0020352_1551145.gif
特に有名な店ということではありません。昨年まで近くにあった店なのですが、道路拡幅のため移転を余儀なくされ少し遠くなったため足が遠のいていました。

店に入ると必ずコーヒーをご馳走してくれます。
それを楽しみながらきょろきょろしていますと壁に

「大谷石造りの石蔵で、クラシックを聞かせながら じっくりと熟成しました」
という掲示がありました。
 *大谷石=柔らかく加工がしやすいことから、古くから外壁や土蔵などの建材として使用されてきたとのこと。

へー クラシックをねぇ・・・・・
時々聞きますね ハウスで野菜や果物を育てるときに音楽を流すという話を。。。

そのことがどれほどの効果があり、どう作用するのかなど全く分かりませんが、優しい味や香りがするのでしょうね。
因みに その名を 「石蔵珈琲」と名づけられていました。 結構な お値段でした。

今日は別の品にしましたが、次回はこの珈琲を試してみることにしよう。
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by m-morio | 2012-01-06 15:57 | 日々雑感 | Comments(0)
▼40
 東日本大震災と併せて起こった福島第1原発事故は放射能の恐怖をまざまざと見せ付けている。
何度も触れているように、人間の英知を結集しても制御できないものに手を染め続けることの是非を考えている。
勿論、世間にはさまざまな意見があることは承知である。
世界の英知を結集しても対処できない(現状では、しっかりとした見通しが立たない)ことに「廃炉」の問題がある。
福島第1原発の廃炉は決まっている。

机上での工程表はできたのだが。。。

□「廃炉」
廃炉とは、運転をやめた原発を安全に処分することである。
原子炉や発電機などを解体撤去し、放射能廃棄物を安全に保管、廃棄する。
正式には、「廃止措置」といわれ法律で手続きが決められているのだという。
世界では、約100基の原発が営業運転を終え、約10基(米国やドイツ)が廃炉を終えているらしい。
海外では建屋を廃棄物保管施設などに利用した例もあるが、わが国では、更地化を目指す。
国内では日本原子力研究開発機構の動力試験炉「JPDR」が1996年に廃炉を完了した。
商業炉では、東海原発(日本原子力発電)(茨城県)が国内初となる解体作業を10年前から進めていて更地になるのは10年後の予定とのこと。
その他に新型転換炉「ふげん」(研究炉)も解体中である。
また、廃炉を予定しているのは、浜岡原発1、2号機(中部電力)と今回の福島第1原発1~4号機(東京電力)である。
通常の廃炉は1基500億円以上の費用と15年以上の時間がかかるとされている。
あくまでも”通常”の場合である。
福島には該当しない。
事故を起こした原発だ。

□廃炉の流れ
基本は「洗う」「待つ」「解体」の三つのステップを踏む。
①運転停止
②使用済み核燃料を取り出し、化学薬品で原子炉や配管の放射性物質を取り除く
③「待つ」
  原子炉はすぐに解体せず、周辺に残る放射能が弱まるまで10年ほど待つ
  「ごみ」が出る。
  1基の廃炉で53万トン以上のごみが出て、うち1万トン以上が放射性廃棄物(経済産業省の試算)で、
  汚染度に応じて最深100mの土中に埋める。
  この埋める場所が確保されておらず、大きな問題。

□福島第1原発の廃炉・・・写真は事故前のものf0020352_10474738.jpg
政府と東電は、昨年末に廃炉に向けた工程表を明らかにした。
通常の原発と同じように最終的には建屋を解体し更地にすることを目指す。
しかし、通常の寿命がきた原発とは違う。事故を起こした原発である。
法律で定められた手順どおりには行かないだろうし、時間もかかることが予想される。

炉心溶融(メルトダウン)した原子炉は核燃料が溶け落ちており、その回収方法も決まっていない。
前例のない原発の廃炉であり、回収の技術もなく、東電では「世界の英知を結集する」という。

工程表ができても技術が伴わない。格納容器内を確認・修理する作業用ロボットもこれから開発していかねばならない。現状では、作業現場の放射線量が高く、人が近づけない場所も多いからだ。

前代未聞の工事は一から始めなければならない課題が山積していて、工事・作業が難航するのは必至だ。
さらに、通常の廃炉では1基当り数百億円かかる費用も、1~4号機で1兆1千億円以上が必要とされる。
工程は3段階に分けられ、廃炉完了には最長40年を要するとみられている。

40年にも及ぶ廃炉作業に、民間企業である東電が耐えられるのだろうか。
政府と東電が背負った課題は重い。

さて、「40年」である。
とてつもなく長い時間だ。新幹線札幌延伸が24年で、あまりにも先の話で行く先など見通せる話でなかったが、その上をいく「40年」だ。
こうなると、この廃炉を見届けることができる世代は、辛うじて孫の世代となってしまうのである。
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by m-morio | 2012-01-04 10:49 | 日々雑感 | Comments(0)
2011年から2012年にバトンが渡された。
昨年は世界中でいろいろなことが起こった。
中でも、「東日本大震災」は終生忘れられない悲しい出来事だ。
被災者の皆さんには、改めてお見舞い申し上げます。

年末から年始にかけて、暇に任せて1年を振り返っていて少々気になった数字がある。

▼24
 北海道では年末になって北海道新幹線の札幌延伸問題が急展開した。
北海道新幹線をめぐっては紆余曲折の連続だった。
04年12月、政府与党(自公政権)が新青森-新函館の着工を決定。
05年5月、新青森―新函館の起工式。
08年12月、政府与党(自公政権)が新函館―札幌のうち、長万部-札幌の着工を決定。
ところが
09年9月に政権が交代してその流れが変わった。
09年12月、当時の前原国土交通相が、札幌延伸を「白紙」と表明した。
そして、
10年8月、国土交通省が未着工3区間(北陸新幹線の金沢―敦賀間、九州新幹線の諫早―長崎間、北海道新幹線の新函館―札幌間)で新たな課題を提示した。
北海道の場合に限定してみると、整備計画で時速260キロとしている最高速度の引き上げなどが提示された。
新函館―札幌では以前から懸案だった事項がある。
①新幹線と貨物列車が走る青函トンネルでの運行方法
②開業後にJRから切り離す並行在来線の経営のあり方
③整備計画の最高速度見直し
である。
10年12月には東北新幹線八戸-新青森間が開業し、道内関係者をやきもきさせた。
その後、国土交通省が定める「財源の確保、収支など5条件」のうち、特に財源の確保に躓き札幌延伸は遠のくばかりだった。
その他、並行在来線のバス転換に地元の反発も強まり先行きが見通せなくなった。

ところが
昨年12月に入って急転直下、国土交通省が、北海道新幹線札幌延伸の着工決定に向けた調整に入った。
着工条件の一つである並行在来線分離への関係地元の同意取り付けが急浮上。
最後まで判断を保留したのが函館市だった。

結局は函館市も同意し、国土交通省が政務3役会議で北海道新幹線新函館(仮称)-札幌間(211キロ)の2012年度着工決定。
工期24年とし、2035年度の開業を目指す。
2015年度、北海道新幹線東京-新函館開通(新函館駅開業)予定。

計画から42年 景気や政治が翻弄されながらも方針が決定した。

しかし、全ての道民が諸手を挙げて歓迎しているとは限らない。
関係者の利害得失もあるだろう。
なんといっても、莫大な費用と時間をかけての事業の費用対効果はどうなっているのだろう。
余りにも大事業で実感がともなわないのである。

さて「24」だが、24年である。

とてつもなく長い。
時間がかかるほど費用も嵩む。
北海道の財政は相当に厳しい。どのように捻出するつもりか。

・・・・はともかくとして、あまりにも長期間なため私がこの新幹線に乗る可能性は100%ないのである。
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by m-morio | 2012-01-03 20:11 | 日々雑感 | Comments(0)
札幌は 朝から 雨 です

時たま 明るくなりますが また降り出しそうです

気温は15度になるとの ことですが なんとなく 寒々 しています

・・・・・・

月初に 京都に行くことを決め そのタイミング を計っています

目的は 京都周辺の紅葉 を 観る ことです

京都の"紅葉" は 初めてです

その 紅葉の見ごろを捉えるべく インターネット で 検索しています

市内 は ボチボチ と色づき始めてきたようですが 今年は 若干 遅れている様子です

今回は 家内は 遠慮するといいます

持病が 寒い時期に辛い と ・・・・

よって 一人です003.gif

先日 たっくん との 電話の際 彼が "ばあば も 一緒に 来れば いいのに!"
といってくれましたが ばあば は ウン とは 言わなかった ですね

たっくん!  暖かくなったら 一緒に行くね。。。

この時期の 京都は めちゃくちゃ 込み合う の だそうですね

主だった 観光スポットは 渋滞で 物凄いとか
普段 車で10分のところ 1時間以上かかるとか・・・・・・・・

バスは避けろ 
鉄道にせよ 
それなりの距離を歩くことになるが ガマン せよ

など 

と書かれています


飛行機は 空いている便に 飛び乗ることにします
年寄りが優遇されていて 格安料金で 乗れます

宿 の 心配も ないので 気楽 です

さて 何時 出発 しようか

紅葉の具合次第なんですが 1週間後 かなぁ!
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by m-morio | 2011-11-19 12:41 | 日々雑感 | Comments(0)
今年は結構通いました。
30回くらいかなぁ
それほど多い回数ではないのですが、私にしては極めつきに・・・多いんです。。。。

持病が発祥して16年くらい経ちましたでしょうか

スポーツと名のつくものは全くできない状態が続いてきました。
さらに、骨折・捻挫には細心の注意をするように・・・・とことあるごとに言われてきました。
もう 一生 この状態だろう・・・とあきらめていました。

ところが 今年は なんとなく調子がいいんです。

1年ほど前に体調を崩したのを機に、治療薬をとめてみましたら、悪い症状がでないんです。
主治医からは、半年目処に再発の可能性ありと言われながら。。。。

そして、1年経過しても、その症状が出てきません。

"先生! ひょっとしたら 快方にむかっているのではないでしょうか?"

と尋ねたところ、「寛解」の緒についたのかもしれないね。

この状態が継続できれば「寛解」かも!?

・・・との言葉をもらいました。

そんな体調に気をよくして、PGに通った次第です。

スコアは二の次

ただ ひたすら ポーン ポーン と ボール を 前に打つという ラウンドでした。

まあ 気にしないといいながらも やはり 気になるのが スコア ですね。

なんとか パープレイ の範囲内に収まる程度です。 初心者ですから 良しとしなければ。。。

殆ど、家内と二人で回りますが、時には 全く面識のない人とご一緒することがあります。
そういう方は 一人でプレイしている方です。

・ ある日のご仁
  とにかくよくしゃべる方。
  同伴者がティーショットの体制に入ってもおしゃべりが続く。
  「3ヶ月間、日本を離れていた」
  「世界一周旅行をしてきたとか」
  「その旅行で知り合ったのが、弁護士・医師・会社の会長・・・云々」
  まあ、一言で言えば 自慢話でしたね。
  この方とは 9ホールで勘弁願いました。
  ・・・・ちっとも 楽しくなかったですよ。。。。

・ 先日のご老人
  やはりお一人でラウンドしようと来場した様子。
  "混んで来ましたから ご一緒させていただけませんか・・・" 声をかけられました。
  私たちに 異存があるはずもなく 27ホールを楽しく プレイさせていただきました。

  コースが変わる際の待ち時間に 少しお話させていただいたところ・・・
  身体に不自由なところがあるのだとか。
  だから、プレイは無料でできるのだといいます。
  ペースメーカーを装着して15年以上になるとのこと。
  家でごろごろしているよりも、天気の良い日を選んでゴルフ場通いとのこと。
  血色もよく、顔のしわも殆どない(家内の言葉)ので、お年を伺うと なんと87歳とのこと。
  80歳そこそこかとお見受けしていたので びっくりでした。

  しかも 27ホール目は ホールインワン で締めくくるという 快挙。

  またご縁がありましたらご一緒しましょう・・・といってお別れしましたが、
帰り際に、車でお送りしようかと声をかけましたら、驚くことに自らの運転で来ているとのこと。

  私も この方のように多少体に不具合があっても(87歳までとは欲を出しませんが)せめて80歳までPG を楽しめれば 嬉しいことだなぁ・・・・

と家内と話しながら帰路に着きました。

天気もよく、穏やかな老人と、楽しくプレイできたことに 感謝!
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by m-morio | 2011-11-06 18:52 | 日々雑感 | Comments(0)
今朝のこと・・・
何気に窓から下を見るとパトカーが。。
市の(と思うのだが)パトロールカーも、更によく見るとTVのカメラと女性リポーターか?
カメラは盛んにマンションの周囲を撮っている。
近所のGSの店員にインタビューもしている。

何か事件があったらしい雰囲気。
数年前にGSにドロボーが入るという事件が続いたことがあったので、またかっ・・と思ったりした。

その後、ゴミ出しにいくと、未だTVクルーがいたので聞いてみると「熊が出たらしい」とのこと。

エェエーッ。

以前に、”我が家の庭”と称している公園が直ぐ近くにあって 「熊が出ることがある公園」 としてご紹介したことがあります。
でも、ここ1~2年はあまり頻繁には聞かれていなかったので”熊さん”のことは考えることもありませんでした。

それが、選りにも選ってマンションのそばに出没したというのです。
確かに、以前は、この場所も静かな所で(風致地区とかで、高い建物は建てられない)、マンションが建った17年ほど前は、キタキツネを頻繁に見かけていましたが、それも4~5年間ほどのことで、今ではすっかり”人間様”が大きな顔をしているせいでしょうか、全く見かけなくなっていました。

それが”熊さん”の出没ですから びっくり です。

早速、すぐ側の電柱に 真っ赤な掲示板 が張られました。
・・・この掲示板と同じものは公園内で頻繁に掲げられましたのでお馴染みですが、こうも身近に掲示されるとドキッです。

「熊出没注意」
10月2日23時半頃熊の目撃情報

があったと。。。。。

この時間帯だと、遅くに帰宅した人が目撃して、通報したのでしょう。

つい先日までは暑かったのに、今日は最高気温10度程度。 
氷雨がアラレに変わったり、晴れ間が覗いたりとあわただしい天気です。

そういえば先日は、市内で、住宅街に出没したとのニュースを聞いたのを思い出します。

山の恵みが少ないのでしょうか。
そうだとすればまだまだ熊さんは降りてくるのも知れません。
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by m-morio | 2011-10-03 16:24 | 日々雑感 | Comments(0)
◇昆虫販売専門のお店「むし博士」のことは既にご紹介しました。

散歩の途中に、ときどき寄らせてもらっています。
来客中のときの店内を観察。  “店長”さん の説明が誠に懇切丁寧です。

なかなか忙しいね・・・と言うと
“なーに、冷やかしのお客さんさ!”と言って笑っています。

でも、HPや口コミで徐々に軌道に乗りつつあるようです。 
HPがopenしていますのでご覧ください。

以前に“商売っ気”に欠ける・・・などと口を滑らせたのは、大いなる誤解でした。
この「懇切丁寧」というコンセプトが、お客さんのハートをがっちりとつかんで、口伝えにひろがっているのだと実感しました。

◇昨日、
博士(店長)の虫捕りに同行させてもらいました。f0020352_1164321.jpg
市内の某所です。  林道を10分ほど入ったところでした。
普段、散歩程度しか歩かない私にとって・・・大した坂道でないのに、ふくらはぎの筋肉が張ってきます。

この日の狙いは “○▽×カミキリムシ” です。
「○▽×」と教えてもらったのですが、直ぐに忘れてしまいました。
・・・というか覚えられない!
春先に見られる種類なのだそうで、特にこの場所のタンポポに集まるのだとか。

「虫捕り」と書きましたが、博士にとっては「商品の仕入れ」といったところなのでしょう。
いや“猟にいく”気分なのかも!?

初めての“現場”経験なのでなかなか興味深いです。
大きな網を振るって捕ったり(獲ったり かなっ)、タンポポの花から直接手づかみしたりです。

写真のように小さな虫です。
こんな小さなものを飼育するのだろうか・・・。  違いました。 
標本にするのだそうです。
その標本も、できるだけ良い色がでるように、怪しげな((~_~))薬品を持ち歩いています。f0020352_116169.jpg


こんな虫を欲しがるお客さんがいるの・・・・?
・・・と聞いてみますと、数は少ないようですね。
でも、いる!!

どのくらいの値段で? と 気になりませんか。
・・・そのへんは企業秘密ということにしておきましょう。

私は、聞きましたよ。  俗っぽい人間ですから(^^)

今回同行したもう一つの目的は林道脇に咲く花の写真を撮ることでした。
ところが・・・・・
なんと大失態。。。
バッテリーが消耗していてカメラは使用不能。
前日、使った後のチェックを怠ったためです。  恥ずかしい!! 
f0020352_11153270.jpg
添付した写真は、携帯のカメラで撮ったものです。

勝手に、 “むし博士” の 広報担当 を 自任していますので、時々PRさせてもらいます。
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by m-morio | 2011-05-19 11:20 | 日々雑感 | Comments(0)
二日続きの晴天に 心浮き立ち 今年の初振り・・PGにいってきました

今年は なかなか 暖かい日の訪れが 遅く 冷え冷えとした日が続きましたので 久々に 思いっきり

深呼吸してきましたf0020352_15484890.jpg

実は 3月下旬に 撮影に行って 腰を痛めて しばらく 軽い散歩程度しか できませんでした

快方に向かったとはいえ 少々 おっかなびっくり の へっぴり腰 だったと思います

でも 27ホール 回ったのですが 今日のところは 何事もなく 終えました
・・・・・・明日あたり 痛みが 出るかも?!
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by m-morio | 2011-05-12 15:59 | 日々雑感 | Comments(0)
▽新聞は個性を抑え、正確に、迅速に、公平に・・・を旨として読者に知らせるものだと理解しています。

ところが、必ずしもそうとは言い切れない(・・と私は思っているのですが)コラムがあります。

産経の「産経抄」 日経の「春秋」 道新の「卓上四季」 朝日の「天声人語」 読売の「編集手帳」 毎日の「余禄」(順不同)です。
各紙とも一面の下段にそのコラムを配し、その時々の話題を取り上げています。

毎日、字数を制限される中での執筆は苦労も多いことだろうと思いつつ、日ごろはこれらの中から1~2稿に目を通しているのですが、
3.11の大地震以降は毎日これらのコラムを梯子して回っています。
ほぼ1ヶ月です。
その数150稿にも及んだことになります。

時がときだけにその大半が地震の規模、いつまで続くかわからない余震、被災地・被災者の様子、徐々にだが進み始めた復旧・復興、そして原発のこと。

毎日毎日読み続けると、少しだけ筆者の心の内側に触れることになります。
恐らく ”涙しながら” 書いているのだろう・・・・ と想像に難くない文章が多々見られます。
ここに “個性” がでるのです。    書き手の心情が伝わります。



▽1ヶ月の間、大地震に関する記事をその量は膨大になりました。

特に記憶に残ることがあります。

3月16日に天皇陛下が異例ともいえる「ビデオメッセージ」を発せられました。

上記のコラムで陛下のお言葉を取り上げたのは少なかったですが、3月27日の産経の「産経抄」が記憶に残っています。
 
 陛下がビデオでお考えやお気持ちを人びとに述べられるのは初めてだという。                     私はテレビでのメッセージの様子は見逃してしまいましたが、後日報道でその全文を読ませていただきました。  2回、3回と読み返してみました。

失礼を省みずに感想を申し上げるならば、あらゆる方面への気配りと激励にあふれたお言葉ではなかろうかと感じました。

 まず、犠牲者を悼み、多くの人びとの無事を願われ、被災者の状況が少しでも好転し、復興への希望につながっていくことを願われた。 
                   
 「何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています」

 これは、不平不満は山ほどあろうに、試練に立ち向かっている被災者に対する敬意を言葉にされたものでしょう。

 さらに、自衛隊・警察・消防・海上保安庁の救援、そして辛い立場にある原発関係者の修復への努力、諸外国からの救援に来てくれた人々や国内のボランティアが「余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力」に感謝され、労をねぎらっておられる。                                                     
そして、世界各国の元首から相次ぎ見舞いの電報が届いていることに触れられ、各国国民の気持ちが被災者とともにあると添えられていることを被災地の人々に伝えておられます。
 
そして、締めくくりのお言葉として次のように述べられました。

 「被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」

このメッセージが心を打つのは、少しも飾らないかつ分かりやすい文章で、お気持ちを吐露されていて、陛下の誠実さが感動させるからでしょう。

「天皇陛下のお言葉全文」
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by m-morio | 2011-04-10 14:07 | 日々雑感 | Comments(0)