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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

カテゴリ:本( 49 )

中学二年生だ。
本当の名は本田潤一、コペル君というのはあだ名。年は十五だが、十五にしては小さい方で、実はコペル君も、かなりそれを気にしている。級でも二位、三位を争っている。むろん、ビリから。
ところが、成績の方からいうとその逆で、たいてい一番か二番で三番と落ちたことはめったにない。といって、コペル君は点取り虫ではない。遊ぶことが大好きで、野球では、クラスの選手になって大きなグローヴをはめて、二塁を守っている。
成績が良いのに、コペル君は級長になったことがない。それは、人望がないということよりも、少々いたずらが過ぎるからだ。父兄会のたびに先生からお母さんは注意されるのだが、お母さんからコペル君には「また、注意されましたよ」程度の小言で終わってしまう。
その理由は、コペル君のいたずらが、人を困らせたり、嫌がらせたりするようなものではなく、ただ人を笑わせて喜ぶ、いたって無邪気なものだからだ。もう一つ大きな理由は、コペル君にお父さんがいないことである。大きな銀行の重役だったお父さんは二年前になくなったのだ。
コペル君には、叔父さんがいる。お母さんの弟だ。大学を出てからまだ間もない法学士だ。コペル君はこの叔父さんとはたいへん仲よしだ。
もともとコペル君というあだ名は、この叔父さんが製造したものだ。
でも、なぜコペル君というのか誰も知らない。
「なぜ」と聞かれても、コペル君はただ笑うだけだ。でも、こうだすねられるとき、コペル君の顔つきは、なんだか嬉しそうに見える。

・・・といった内容の書き出しの本を通読しました。

もう少し続きます
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by m-morio | 2007-11-01 11:20 |
おやおやっ
首相が辞任を表明してしまった。 昨日一行だけ触れたばかり。。。
どこかの国に行って、インド洋の○×支援を継続しますと大見得を切ってきて、更に所信表明演説をした直後の辞任とは・・・・・わかりませんね。

引き際が大切なのは 政治家ばかりではありませんが。。。

まぁ そんなことは(いや、大事なことではありますが)横においておいて、昨日の続きを。

「まえがき」でつまづいた本を横目で見ながら、”積読”で埃をかぶっていたのを手に取りました。
今年の「乱歩賞受賞作」です。

この賞の対象は毎年1,2作(殆どが1作ですが・・・)例年8月ころに発売になる。
新人の登竜門とも言われる賞なので、開くとまず「受賞の言葉」が作者の写真入りで載っている。
多くの作家は「嬉しい・やっと念願がかなった・応援してくれた人に感謝・選者にお礼言いたい・・・」などと書くことが多いのだが、今回の作者の文は少々変わっていた。ここに転記してみます。

大学時代、「ありきたりな人生は嫌だな」と考えた。やりたいことは思いつかなかったので、とりあえず身を持ち崩して退路わ絶つことにした。じつは安定志向が強いため、いったん就職してしまえば定年まで勤めてしまうだろうと思ったからだ。
大学を中退したときは、「これで道をはずれた」とホッとした。
それでも念のために、仕事は傾きかけたサウナの店員を選んだ。案の定、店は潰れ、次に働いたのは地下の薄暗い漫画喫茶だった。「いい感じだ」と思ったのも束の間、時流に乗って支店が増えていった。
給料と役職が上昇し始めたことに危機感を抱き、辞表を出した。
(中略)
公園でアンパンと水だけの食事をしながら、「順調に人生の階段を下っているな」と感慨に耽っているとき、ふと気がついた。
いつのまにか、身を持ち崩すことが人生の目的と化している。
一念発起して図書館に通い、長編二作目で幸運にもデビューすることができた。
今後はありきたりな人生ではなく、ありきたりな価値観に抗う、作家をめざしたい。


曾根 圭介 著  「沈底魚」
f0020352_22135579.jpgちなみに 昨年の長編も 一次審査をパスしているのだとか。。。
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by m-morio | 2007-09-12 22:05 |
10日 臨時国会が召集され 安倍首相の所信表明演説があった。
今回の特色のひとつは「カタカナ」文字が極端に少なくなったのだとか・・・。
確かに 前回は 多すぎて 悪評タラタラだつた記憶がある。

道新にその「全文」が載っている。 紙面から目を遠ざけてさーっとみても やはり 少ない・・・カタカナが。

そんなことを思いながらこんな本の「まえがき」を読んでいてちょっと引いてしまった。

多民族国家 中国 (岩波新書 王 柯著)
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中華文化の「多民族的」性格について
「自らマイノリティーを選ぶのは、多民族国家である中国におけるエスタブリッシュメントが、かならずしもマジョリティーである漢族とは限らないからである。」


「まえがき」でつまづいてしまった。 こんな調子でカタカナ文字に付き合わねばならないのか・・・と思うとうんざりしてしまい、今横において呼吸を整えてから改めて・・・ということにしている。
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by m-morio | 2007-09-11 20:25 |
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先週はヒマな一週間でした。
マンションのお仕事も今週末の総会まで小休止・・
いや そろそろ 提案説明の準備 をしなくちゃならないのですが。。。

天気もぐずついていたこともあって 家に閉じこもっていました。
・・で 手にしたのがこれらの本。

「東京ダモイ」は、昨年の江戸川乱歩賞受賞作。
「男振」「さむらい劇場」は、池波正太郎作。
そして、なにやら不思議な新書は、「ユダヤ人とローマ帝国」。

なんの脈絡もない選択ですが、私的には納得の選択なんです。
推理物もOK、時代物も好き、そして最後のは1年ほど前にパレスチナの勉強をした際、講師が推薦してくれた一冊で、久々に再び手にしたものです。
というのも 近々この本を教材とした”読書会”が開かれることになっていますので読み直しています。
”読書会”というものに参加するのは始めての経験! どのように進めていくのだろうか?
講師は、あの「現代史」の先生なので参加してみる気になったのですが・・・・。
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by m-morio | 2007-03-26 10:21 |
「にほん語お福分け」という本が発売になりました。f0020352_1314684.jpg

この本は、言葉を生業としてきた元NHKのアナウンサーが、日本語の揺れや乱れを感じ「正しい日本語を使いましょう」と呼びかけたかった・・・との思いで北海道新聞に3年3ヶ月間連載した「ことば徒然草」が本となったのです。

 
正しい言葉 とともに、方言の面白さ そして 時と共に言葉が変わるが、日本語や日本人のもつ心が失われつつあるのではないか

との思いもあったのだそうです。

本には163回の連載がすべて収録されています。
書名になった「お福分け」は、「お祝いの品を人に分ける」こと。

著者 藤谷 榮也(ふじや まさや)さん は アナウンサー一筋。
病気に倒れたとき、周りに励まされて文章を書き始め、連載、そして本に。皆さんの力添えのおかげです。言葉を通して幸せをいただきました。「日本語は正しく上手に使ってほしい」という気持ちが一番強い。

と述べています。
著者については「ことば面白噺」で触れました。あの講演会の話です。脳出血で倒れられて6年。まだまだ講演などでご活躍されることでしょう。

その 「お福分け」 の一節を転記させていただきます。

朝早く、ラジオで全国各地の話題を聞いていると、年配の女性が「おいしさを、お福分けしたいと思います」と言っていました。
お福分けとは、なんと温かみを感じさせる言葉でしょう。しかし私には耳慣れない言葉でした。辞典には「お祝いの品を人に分ける」とありました。
似たような意味で、「おすそ分け」があります。ところが、「すそ」は衣服の下の縁や物の末端の部分を指すので、使い方によっては「人をばかにして」と怒る人がいるかもしれません。
私もずいぶん前、知人から「息子の修学旅行の土産です。ほんのおすそ分けです」と、京都の菓子「生ハつ橋」をいただいたことがあります。おいしかったのですが「高校生の息子さんのおすそ分け?」と首をかしげた覚えがあります。
お福分けならば、「福」は縁起が良いし、何かを差し上げるにしてもいただくにしても、失礼に当たる心配はなさそうです。人とのお付き合いには、誤解される心配のない、無難な言葉を知っていると便利です。
その点、おすそ分けを多用するより、お福分けをもっと使った方が良さそうに思えます。
ところが手持ちの辞典には「おすそ分け」があっても、「お福分け」は載っていないものもありましたので、使われ方の少ない言葉なのかもしれません。せっかくある、うってつけの言葉がもったいないような気がしてなりません

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by m-morio | 2007-02-07 13:14 |
現代史に首を突っ込んでしまったからであろうか、最近は虐げられる民族、理不尽な迫害を受ける小国をはじめ、諸外国と日本の動静にも興味を惹かれるようになっています。
そうした中で、店頭で目にした一冊の本は、興味本位かつ軽い気持ちで手にしたのとは相反して強烈なインパクトを与えてくれました。

日本と中国はなぜ理解しあうことができないのか?
という素朴な疑問は日頃から心の底に重くのしかかっていましたが、著者が自らの経験、調査を裏付けにして整理した本書によりその多くの部分が解明されたような気がします。

・中国の戸籍制度
・極端な貧富の差・・・搾取される農民
・官による搾取、収賄
・深刻な水問題
・反日運動の背景
・靖国神社参拝問題
・経済構造上の問題

など、現在の中国の実態の一部を知りかつ日本との関係を修復する方策への提言は筆法鋭く、説得力あるものです。
記述のなかには私の知識不足のためその事件などの背景や問題点までは理解できない部分もありますが、日中問題を知るには貴重な一冊だと思います。
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著者は前上海総領事だった 杉本信行氏 です。
残念ながら、本書上梓後間もない今月初旬にガンのため亡くなられました。
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by m-morio | 2006-08-31 13:22 |
ある日 外出から戻ると リビングに女の子の死体が・・・

後処理をどうしようと右往左往する夫婦。警察に届けるのか、隠蔽工作をするのか。。。結果として、近くの公園に放置するが、その後の二人の葛藤は。。。。

犯人探しではありません。犯人は初めからわかっています。

加賀という刑事の慧眼や人間味溢れる言動が際立ちます。
"この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身によって明かされなければならない"・・・・・と  

家族間の確執、認知症の老人問題、多発する幼児被害など社会問題をからませた異色作品です。
少し気になるのは相棒を務める松宮という新米刑事。もう少し何とかならないのかなぁ・・・ただうろちょろしている捜査一課の刑事さん!   

最後の一行に ホロリ とさせられます。

東野 圭吾 「赤い指」 講談社f0020352_9162596.jpg
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by m-morio | 2006-08-23 09:14 |
夏風邪をひいて1週間・・・・・
昨夜は、なぜか 体が熱く まだおかしい! でも 平熱! 
今朝も 気分は優れなかったが、昼にはなんとか常態に戻りましたので気晴らしに本屋さんへ。
あの ”中学生はこれを読め!” の本屋さんです。この書店については「K書房」 「K書房 再び」をご覧ください。

いつものように 売れない文庫、 売りたい文庫、 中学生向けのコーナー などを一巡り。。。
病み上がりなので 肩の凝らない この本をチョイス。。。
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未だ読みかけなので 帯から転載しますが・・・

スポーツコラムニスト ミッチ・アルポム は、偶然テレビで大学時代の恩師 モリー先生 を見かける。
先生は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていた。
16年振りの再会。モリー先生は動かなくなった体で人とふれあうことを楽しんでいる。
「憐れむより、君が抱えている問題を話してくれないか」
モリー先生は、ミッチに毎週火曜日をくれた。
死の床で行われている授業に教科書はない。
テーマは「人生の意味」について。


目次によると 
どうやら与えられた火曜日を、14回飛行機で飛んで授業を受け、そして卒業式となった葬式も火曜日ということらしい。。。

この日は 他に
「イスラームの世界地図」 (文春新書)と
「イラク 戦争と占領」(岩波新書)  ・・・・・・も
どうやら 暫くは ”中東” から離れられないようです。

お買い上げした本を手に、地下の ”ソクラテスのカフェ” へ・・・
このカフェには、沢山の書籍が置かれていて自由に読むことが出来ます。
病院の待合室にあるような手垢のついたものではありませんよ。
れっきとした売り物で、3割引から半額のものまであります。
およそ1時間ゆっくりと読書を楽しみました。日曜日の午後ですが静かでした・・・
でも BGMが少々アップテンポだったのが気になりましたね。
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by m-morio | 2006-07-30 20:22 |
いやぁー 雨が降りますね。 昨日もすごかったですが、先程も外出先で猛烈なスコールの直撃を受けました。 幸い帰りの車の中でしたので事なきを得ましたが、午前中は比較的晴れていましたので濡れた人が多かったのでは。。。
今は薄日が射していますが・・・
おっと横道ですね。

数日前から「ライフログ」に載せたのですが、この「天使の傷痕」をご存知ですか。
この本の作者やあらすじを覚えていらっしゃる方は相当の推理小説マニアと言えるのではないでしょうか。f0020352_15253182.jpg

主人公の新聞記者が恋人と二人でハイキングに行って、殺人事件に遭遇し、被害者が死に際に遺した言葉をもとに、被害者の交友関係を追及し犯人を究明していくというものです。
まあ、これだけのことですからごく普通の推理小説です。
しかし、この小説は単にトリックといった技術的な面のみで読ませる作品ではありません。
キラリと光るものを持ち合わせていてそれが私をひきつけます。
それとは、社会の持つ残酷さに対する抗議とでも表現したらよいのでしょうか。作者個人では如何ともしがたいことへのジレンマや怒りがこの作品を単なる犯人探しで終わらせない理由だと思います。
この作品にとりれ挙げられている社会問題は、最近では目にしたり耳にしたりすることが少なくなっていますが、似た事例で苦しんでいる人たちがまだまだいるのではないでしょうか。

このような社会に関する問題提起や抗議の要素が強い推理小説に惹かれます。
最近あまりこの手の作品に出くわさない(単に私が手にしないということでしょうが)ような気がしますが、とっさに頭に浮かぶのは 横山秀夫著 「半落ち」でしょうか。

この作品は、昭和40年(1965年) 江戸川乱歩賞受賞 作品です。

家内が本箱の隅から引き出して読んでいましたので、改めて手にし感慨を新たにしました。
ちなみに あらすじはすっかり忘れていましたが。。。。。
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by m-morio | 2006-07-19 15:29 |
「・・・・・しかし、太郎が中年になる頃、日本は四人に一人が老人ですってね。都知事は今日の新聞で、福祉は、どんなに金がなくても広げるべきだと言っているけど、今に、そういう民衆へのごきげんとりは続かなくなる日がくるに決まっています。四人に一人の老人を、物心ともに太郎たちの世代がみるなどということは不可能ですからね。今はまだ、長生きしたものは、特権を要求できるけど、そのうちに高齢者は当たり前ということになるのだから。それで、悌四郎さん(㊟太郎の叔父)とお父さんは、危険思想に辿りついていたよ。自分達は親をみるけれど、子どもには、自分達を捨てるように言おう。そうでなければ、次代は老人によってつぶされることは明らかだから、と言うのです。その考えは結構だけど、私は黙っていましたよ。これは、大変な問題だからね。しかし、動物には、(子どもを育てるという習性はあるけど)親をみる習慣はないというのは本当ですね。まだ誰もあまり言っていないけど。太郎も、老いるのは間もなくだから、時間を惜しみなさい。もっとも、どう生きたって、たいした違いはないけどね。」

これは、曽野綾子著「太郎物語-大学編-の一節です。(-高校編-もあります)
大学教授の父と自宅で翻訳の仕事している母の一人息子・山本太郎が大学2年の春に母からもらった手紙の一部です。

何十年ぶりなのでしょうか・・・この本を読み直してみました。
この本が書かれたのは昭和51年(1976年)頃だと思われます。
30年前ですよね。

面白いと思うのは、この時期で既に作者は現在の老人社会を予測していたことです。
今まさに四人に一人は老人という時を迎えているではありませんか。そして、これらの老人の年金問題に対する対策は遅々として進まず曖昧なまま時間がすぎているのです。

子が親の面倒をみるのを放棄するという発想は、言葉としては極端に聞こえるでしょうが医療・年金・税金など広い意味での社会福祉対策がおざなりになっていてかつ少子化が進み人口が減少している現状から考えますと、あながち的外れでないかも知れませんね。

三浦朱門・曽野綾子夫妻には、この小説の主人公と同名の太郎君という息子がいる。
現実の太郎君も名古屋の大学で人類学を学んでいるとか(当時)。
家庭内における親子の生活ぶりや、時にはキザで、時には思いやりのある、そして時には不良ぽっい太郎の言動は親離れしていく太郎の様子を良く表しています。

満足に料理もしない(太郎の言い方)母親を口ではののしりながらも母親の思いをしっかりと受け止めながら合格した東京の大学を蹴飛ばして好きな道を選び、名古屋の私立へと進む太郎に「嫌になったら帰ってきても良いんだよ。やり直しなんかいくらでもできるんだから・・・」と母親は言う。
親元から離れ成長していく子どもを信じる母親の気持ちは強固な意思で裏打ちされているようです。



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                                      エゾハルゼミ 
                                      白川市民の森
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by m-morio | 2006-06-12 20:45 |