ブログトップ

はじめのいっぽ

hiro1029.exblog.jp

日々雑感を記録します

カテゴリ:本( 49 )

f0020352_9121020.jpg私の住んでいる地区に、品揃えがユニークなことで評判の書店がある。
時々訪れては暇つぶししている。
何が奇抜なのか?
その1 
新聞でも紹介された店なのでご承知の方も多いことだろうが、「いい本なのだか、売れない文庫・新書」をどっさりと陳列している。
手作りのビラに「新潮文庫700点、岩波文庫1,500・・・など 計4,300点」を揃えて・・・とあります。最近は"売れない"ばかりではなく"売りたい"本という掲示が登場した。
眺めているとなかなかおもしろい。
遠い昔に読んだ本や えぇ~っ こんな本が売れないのというのもある。
マルクスの「資本論」なんてのはなんとなくそ~ね~と納得してしまうが、夏目漱石の「坊ちゃん」「吾輩は猫である」もある。曽野綾子の「太郎物語」などは私にとっては懐かしい一冊である(あらすじも忘れたので、もう一度読んでみようかな)。
ただ、良く分からないのだが、まだまだ売れているのではないの!というのもあるから・・。
昨日購入したうちの一冊は初版が昭和55年4月で確かに25年以上も前の本だが、平成17年5月57刷だ・・・まだまだ"現役"なのではなかろうか?
こんど行ったら聞いてみようかな! その"選考の基準"を・・・

その2 
本屋のオヤジのおせっかい「中学生はこれを読め!」だ。
これはおよそ500点くらい。リストをみると記憶にある書名がけっこう出てくるのだが、果たして自分が読んだものなのか有名な書物なので読んだと錯覚しているのかが分からなくなってしまう。
例えば「星の王子さま」「三国志」「赤毛のアン」など・・・恐らく読んでいないだろう。
意外なのは「放課後」。この本はご承知のように東野圭吾の出世作で江戸川乱歩賞受賞作である。こんなものも勧めているいるんだぁ~。
あの本もありましたよ。
NPMの掲示板で触れた「蝉しぐれ」「ハッピーバースデー」も。
今日の収穫は写真の一冊です。
f0020352_919367.jpg
お近くにお越しの節はのぞいてみてください・・・年中無休ですから

この帯を集めると図書券をゲットできますよ。 ご参考まで!
[PR]
by m-morio | 2006-01-05 09:21 | | Comments(2)
博士の日本人観

滞在中に書いた「日本における私の印象」で次のように記している。                 

我がドイツでは、教育というものはすべて、個人間の生存競争が至極当然のことと思う方向にみごとに向けられています。特に、都会ではすさまじい個人主義、向こう見ずな競争、獲得しうる多くの贅沢や喜びをつかみとるための熾烈な闘いがあるのです。家族の絆はもろく、日常生活での芸術や道徳的伝統の影響は比較的弱いのです。

(それに比らべて)日本では、それがまったく違っています。
日本では、個人主義は欧米ほど確固たるものではありません。法的にも、個人主義をもともとそれほど保護する立場をとっておりません。
しかし家族の絆はドイツよりもたいへん固い。
・・・・日本人のすばらしさは、きちんとした躾や心のやさしさにあるということを、われわれ外国人は十分承知していますが、さらに日本社会に対するイメージは、活字になったものであれ、そうでないものであれ、そのようなすばらしさをよりいっそう外国人に強く印象付けているのです。

滞在中に書いた子どもたちへの手紙で・・・
「日本人は、これまで知りあったどの国の人よりも、うわべだけでなく、すべての物事に対して物静かで、控えめで、知的で、芸術好きで、思いやりがあって非常に感じがよい人たちです」
と記している。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

博士は、生涯に数カ国を訪れ旅日記を残している。
日本旅日記の存在はごく最近まで明らかでなかった。
関係者の努力で翻訳にこぎつけたのが2001年のことである。
原本は、いまニューヨークのピエルポント・モーガン図書館に保管されている。

では、なぜ行方不明になったと思われていた原本を、この図書館が所有しているのか。
それは、Albert Einsteinの死後、アインシュタインの財産管財人がアインシュタイン家の生活費のためにハイネマン財団に売ったというのである。
博士の残した財産は少なく、ドイツの別荘はナチに没収され、ノーベル賞の賞金も、最初の妻の離婚慰謝料に全額支払われた。

そのハイネマン財団がこの図書館に博士の日本旅日記を、アインシュタインの手紙や論文とともに寄贈したのである。

おわりに
博士をして「日本人は、きちんとした躾を受けた心の優しい人たちであり、物静かで、控えめな、知的で、芸術好きで、思いやりがあって非常に感じのいい人」と言わしめたこれらの言葉に、今のこの国の現状を照らしたとき、そこに一抹の寂しさを感じざるを得ないのだが・・・

自戒を込めて・・・
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 19:45 | | Comments(0)
滞在中の観光で・・・

博士がホテルの宿帳にサインしたものが残っているが、
住まいは「ベルリン」
国籍は「スイス」
と記している。
若い時代、兵役を逃れるためドイツ国籍を放棄している。

芝の増上寺を見物した折、修行僧が
「味噌汁のおかずで一椀の飯を食べていたのに脅威の目を見張った」

食べるものでは、博士は、すき焼き、天ぷら、すしは刺身からのり巻きまで何でもおいしい、おいしいと言って食べた。
また、「食物は、ちょうどそこにあるものを食べるにかぎる。文句を言うものでは決してない。さらに、余分に食べるものでもない。何を好み、何を好まぬというものがない。ただし、健康上、コーヒーをあまり飲まず、お茶はうすくして飲む。酒はちょっとも飲まない。これは主義ではなく、"飲みたいと思ったことがないから"である。ただし、タバコは大好き」 と語った。 
一方、夫人は日本食にはなかなかなじめず、刺身は生きた人間を食べるようで嫌だと言ったという。
           
夫人同伴で天ぷら屋へ行き、博士は蒲団の上に胡坐をかき、夫人は数枚の蒲団を重ねその上に腰かけ、エビの天ぷらを「これは大変うまい」といって食べた。

料亭では「かかる種類の女性を標準にして、その国民性がわかる。日本の芸者はひじょうに謙遜な態度で上品ではないか。欧州のそれに比較して大いなる差がある。日本国民の上品でゆかしいことがこれ一事でわかる」
と日本の芸者をほめちぎった。芸者の舞とおしゃべりを楽しんでの感想
「中年芸者が忘れがたい」と・・・

陽明門を前にして、宮司の歴史談を30分もの間聴き、薬師堂の鳴き竜では自ら手をたたいて「なぜ鳴くのだろう?天井と床との距離の如何によるのだろうが調べてみないとわからん」
と不思議がり、
五重塔を見上げては
「風や地震にどうやって耐えうるのか」とたずねている。
社廟のような立派な建築は今まで見たことがないと、たいへん満足していた。

能を鑑賞 
「物静かな動作で深い意味を表現するしぐさと、その雰囲気はよくわかる」とたいへんなお気に入りようだった。
幕間には楽屋に行き、面を手にとって眺める。
幽玄な舞だけでなく、拍子のおもしろさにも大いに関心するが、ときおり笛がピューッと甲高く鳴るのを聴いて「あれだけは、どうしても了解できぬ」
と言ったという。
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 19:17 | | Comments(0)
講演の様子はどうだったのであろうか。

慶応義塾大学での日本初の講演内容は「特殊および一般相対性理論について」。
1時半から3時間の講演後、1時間の休憩をはさみ、講演が再開され8時半に閉会。
実質6時間の長講演にもかかわらず、2000人以上の聴衆は一人として席を立たず、博士と通訳の一言一言に静粛かつ真剣に聞き入っていた。
理屈が理解できる、できないにかかわらず、皆博士の音楽のような声に酔いしれていた。
(読売新聞)

また、仙台では
「豊かな両頬にやわらかな微笑みを包ませて・・・原稿も覚書も持たず少しの澱みもなくスラスラと言葉を進める。解りにくいところにいくと、ボールド(黒板)に図解して説明を補足する。
こうして約15分を一区切りとして愛知博士(東北帝国大学愛知敬一博士)の通訳となる。
愛知博士の通訳は声がやや低く遠くのほうにははっきり聞こえないようなこともあったが、しかし少しのまごつきもなく面倒なところにくると2回も3回も説明を繰り返すものだから曖昧になることがない。
愛知博士が通訳しているあいだ、博士は演壇正面の大椅子に腰掛けてやさしいまなざしを聴衆に向けている」

といった具合だ。
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 19:00 | | Comments(0)
”熱烈歓迎”
とにかく訪れたすべての土地・場所で熱烈な歓迎を受けている。

日本到着の翌日、汽車で東京へ向かう。
その東京駅での歓迎振りを、新聞は
「アインシュタイン!」「アインシュタイン!」「万歳!万歳!」怒涛のごとく群集が博士に殺到し、東京駅は大騒ぎとなった。日本人の熱狂振りを見て、駅に博士を出迎えたドイツ人関係者らは喜びのあまり目に涙を浮かべる人さえいた」
と報じている。
博士も「東京に到着!群集に取り囲まれ、写真撮影で凄まじいフラッシュを浴びた。無数のマグネシュウムをたく閃光で完全に目がくらむ。駅のホテルのロビーに一時的に避難した。」
と記している。
また、「私の生涯で、こんなことはありませんでしたよ。米国に行ったときも大騒ぎでしたが、とてもこんな”まごころ”はありませんでした。これは日本人が科学を尊ぶためでしょう。ああ愉快だ、心から嬉しい」と語っている。

博士が東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学)で催された歓迎会会場から出て車に向かおうとすると、女学生がいっせいに キャーキャーと博士に押し寄せた。
若くかわいい女学生に取り囲まれた博士は両手をつかまれて
「私も、私も」と握手をせがまれる。なんとか車に乗り込むと、こんどはガラスをたたいて「アインシュタイーン!」「キャーッ!」「行っちゃダメー」と騒ぎはおさまらない。
年のころは17歳か18歳か、相対性原理が何たるかを知っているのかいないのか、とにかく日本中大騒ぎしているのだからすごい人なのだということで、女学生の興奮は一向に収まらなかった。
「生まれて初めてですよ、こんなに大勢の若いご婦人に大騒ぎされたのは」
博士はスターさながらの人気をおもしろがってそういったという。
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 18:52 | | Comments(0)
1922年(大正11年)11月17日神戸到着した。1ヶ月以上も船に揺られて・・・。
[この船上で、ノーベル賞受賞の連絡を受けることになるのだが・・]。
12月29日門司港から出航するまでの6週間にわたる講演旅行が始まった。
いまからおよそ80余年前のことである。

この間、九州から東北までを移動し、各地で精力的に講演会をこなしながら、科学者、文化人はもとより、博士の来日に熱狂する学生や一般市民と親交を深め、日本食を食べ、女子大生に騒がれ、得意のバイオリンを披露し、自然や芸術・文化を大いに楽しみ、最後には「死ぬほど疲れた」と言って帰りの船上の人となった。

では、博士はどんな人だったのだろうか。
その風貌は「もじゃもじゃ半白の髪、黒い大きな髭、どっしりと肥えた中背の身体、人懐こい夢見るような瞳、何事も"ぜんぜん珍しくない"といった態度・・・で飄々としていた」
というのが一般的な見方のようである。

また「めったに見せない嫌な顔をすることがある。それは、夫人に好きな煙草を、身体に害だとして、たしなめられる時だ。ただの嫌な顔ではない。少し相手をバカにしたような、少し反抗するような少し空とぼけるような、しかしやはり嫌な顔をする。」
と語ったのは、あの岡本太郎の父である画家 岡本一平で、彼は博士と一緒に旅をしながらこの表情を出すため38回も書き直したとのこと。

反面、相当に皮肉っぽい面を持ち合わせていたようで、ドイツにおいては記者の質問に痛烈な皮肉で答えることもあったらしい。
そういえば、日記の中に(移動中の汽車の中に記者連中がどっと乗り込んできてのインタビューを)"お決まりのつまらない質問だ"」と記してあった。

一方、夫人は、肥え気味な中背の人、黒ずくめの装い、博士と違いいつも物珍しげにはしゃいでいた。見物に居合わせた女学生のなかに割り込んで写真を写したりして大喜びしていた。
ただ、「家族全部が水を変えずにはいる日本の風呂には同感できぬ」と話したという。
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 18:36 | | Comments(0)
なぜAlbert Einsteinは日本にやってきたのか?

これには、雑誌社(改造社)の社長の並々ならぬ努力があった。
彼が、イギリスの数学者バートランド・ラッセルを日本に招いたときに「いま生きている人で、世界の偉人は誰か? 3人ほど挙げてください」と言ったところ、即座に「1番は、アインシュタイン」と答えたという。
「どんな人か」との問いに「ニュートンに匹敵するほどの偉人だ」という答えが返ってきた。
このとき、この社長は「アインシュタイン」も「相対性理論」も知らなかったという。

"この人を"・・・と決めてから、可能な限りの学者ら関係者を動員し、条件面の詰めばかりではなく、夫人の希望まで聞くなど招待への万端な準備が行われ実現した。

Albert Einsteinは日本行きを打診されたとき、つぎのように語っている。

「日本に行くよう交渉を受けたときに、何はさておいても行かなければならぬと思ったのは、日本の美しい自然を見るためばかりではありません。
相対性理論とはどんなにやさしい簡素なものかいうことを日本の皆さんにお伝えして、私が日本を去るときは皆さんが「なんだ、あんな易しいものか」と言われるようになることを深く希望しています。」 と  
また、滞在中に書いた「日本における私の印象」で
「私が日本に招待されたということを周囲の人々が知ったその時、ベルリンにいた私が、あれほどまでに羨望の的になったことは、いまだかって、私の人生のなかで経験したことはありませんでした。
というのも、われわれにとって、日本ほど神秘のベールに包まれている国はないからです。
われわれは、静かに生活をし、熱心に学び、親しげに微笑んでいる多くの日本人を目にします。だれもが己を出さず、その微笑の背後に隠されている感情を見抜くことはできません。
そして、われわれとは違った心が、その背後にあることがわかります。」
と吐露している。
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 16:21 | | Comments(0)
f0020352_1685618.jpg新年の季語に「読初」(よみぞめ)という言葉があるが、年末の「よみおさめ」というのはないらしいことを新聞で知った。

アインシュタイン 日本で相対論を語る」(講談社)を昨年の最後の一冊として一度目を通し、正月に再度手にしたのでこれが"読初"となった。

昨年が、Albert Einsteinの没後50年にあたるのだということを、この本を探してくれた女性店員の話ではじめて知った。最近までフェアーをやっていたとのこと。

なぜこの本にいやAlbert Einsteinに興味を持ったのか?
私を知る方は一様に首をかしげることだろう  ありえなぁ~い なんて。
相対性理論の勉強をしようなどというとんでもないことを考えたのではない。
そんな難解な理論はチンプンカンプンで興味はない。
そもそもこの本は、Albert Einsteinの"日本滞在日記"なのである。
"なぜ?"は横において、ここにその内容の一部を数回に分けて"記録"する(読んだ証しを記録しておく程度のこと)。

編集したものです・・・
[PR]
by m-morio | 2006-01-03 16:10 | | Comments(0)
昨日、紀伊国屋書店へ出かけた。
平日だから・・と暢気に出かけたのだが、いつも駐車するYカメラの駐車場は5階まで一杯。
年の瀬なんですね。

孫へのクリスマスの贈り物を買ったついでに正月に読もうと ”一冊の書籍” をゲットした。
結構いい値段だった(余計なことかな!)

小説ではない・・・珍しいものを選んだ。。
私にしては ですが・・・

いずれご披露します! 
[PR]
by m-morio | 2005-12-20 09:32 | | Comments(0)