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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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昨日の 北大のポプラ で倒れたポプラが楽器に変身して・・・・・と書きました。
時間が無くて調べられませんでしたので、今日そのことに触れておきます。

台風で倒れたポプラの木を乾燥させ、楽器に仕上げるのに2年間の時間を要しましたが今年の9月8日(台風の日です)に「チェンバロ」という楽器に生まれ変わり、初演奏がチェンバリスト 水永牧子さんによって北海道大学のクラーク会館で披露されました。
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その様子は「北大時報」に掲載されていましたので参考にしてください。
また、演奏者の水永さんのもそのことをブログに書かれています。
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by m-morio | 2006-10-30 21:27 | 日々雑感 | Comments(0)
先日、好天の一日北大構内を散策しました。
ちょうど銀杏並木が黄色く染まっていて観光客の目を楽しませていました。
f0020352_11343689.jpg一時間ほどぶらついているうちに、その後のポプラ並木は・・・との思いで足を向けてみました。

”その後”というのは・・・
2年前の9月 台風18号が猛威を振るい札幌では瞬間最大風速50メートルを記録し、近所の屋根のトダンが吹き飛ぶのを目の当たりにした あのときのことです。

北大のシンボルのポプラ並木は51本のうち19本が根元から倒れ、8本が幹だけを残して傾くという大きな被害を受けました。全国から再生の要望や義捐金が寄せられたことに後押しされて昨年、19本のうち再生見込みのある1本30トンもあるポプラ2本を建て直し、残りは枝を土に埋め込み育てている若木を植えるという方法をとっているとのことです。(案内板に書いてありました)
倒木はその後、関係者の努力により工芸品に姿を変えて札幌市内で利用されたり、楽器に変身したりしているようです。
北大も、札幌農学校創設以来130年。
このポプラ並木も北大の歴史に新たな1ページを刻んだということでしょうね。

昼時になりましたので、はじめて北大の学食に入ってみました。”エルム”というレストランの隣にありました・・・
今の学生さんは幸せですね。 安くて、品揃えも十分で、おいしいものを食べられるのですから。。。
さて、なにを食べたと思います!? 「にぎり」ですよ・・・生寿司!!
学食で生寿司・・・ふっふっふ です。 目の前で握ってくれるんです。
質は回転寿司にひけをとらない、量はおすし屋さん並、何にもまして素晴らしいのは お値段・・
525円でした。  お茶は不味かったですが。。。

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by m-morio | 2006-10-29 11:48 | 日々雑感 | Comments(4)
携帯電話が姦しい。

番号を変えずに他の会社に変更できるとか。。。
でも、それには多少の負担が伴う。
変更手数料がかかる、携帯本体を買い替えねばならない、メールのアドレスの変更、利用期間に応じた割引がクリアーされてしまう とか家族割引を使っていたら全員の意思が一致しないと変えにくいとか。。。まだまだあるらしいのだが・・・

これらのことは私にはどうでもいい話。
私は,普段携帯の電源を切っている。メールは契約していない。
外出時にのみスイッチを入れるのだがこれだって殆ど忘れている。
よって、私の携帯に掛けてもまずつながることは稀。
ではなぜ持っているの?
私は「安心」のため・・・と人様には説明している。車で移動することが多いので、もし事故にあったら、気分が悪くなったら・・という状況で周囲に人がいないと助けてももらえない。ましてや公衆電話も随分と街角から姿を消しているのだから。だから「安心」「保険」の意味で持ち歩いているのです。もう年寄りですから。。。

ところで昨日の新聞に某社の全面広告が載っていた。 
予想外! 通話料0円。メール代も0円。さらに、基本料も ずっと 70%引きの○○○○円にします。
なんでもできて無料があたりまえのインターネットの常識を、ケータイでも実現させたかった。
なんとか割とか、かんとかポイントなどの呪縛から、すべてのケータイユーザーを解放したかった。複雑怪奇な従来の料金システムをゼロからリセットしたい・・・・と続きます。

へえ~ ずいぶん思い切ったことを・・・・・と読んでいたら、欄外に小さな字で補足してある。
私にはあまりに小さくて読めないので、虫眼鏡で見ると何のことは無い、
○×の加入が前提だとか、当社の携帯電話あてに限るだとか、○○分超過したら料金がかかるとか、無料対象メールは××のみ・・・

もう”複雑怪奇”を解消しようなどと言いながらなんともまた複雑な仕組みなのではありませんか!?
                  写真は北大構内
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by m-morio | 2006-10-27 16:35 | 日々雑感 | Comments(0)
チベットという国はありません。
1959年にダライラマ14世がインドへ亡命した後、中国の一部になっています。
しかし、「中国の一部なんて嫌だ!」との思いはチベット人(「族」と言ったほうが正しいのかも知れませんが)に根強いものがあります。
過去にチベット人の文化、宗教、プライドそして人命がひどく傷つけられ、今でもそれが続いているからです。
例えば言葉一つをとりあげてみても、チベット人が日常話しているのはチベット語ですが、そのチベット語の読み書きができないチベット人が増えているといいます。なぜならば学ぶ機会も使う機会も減っているからです。
チベット自治区の公的機関の上層部の殆どが中国人で、どんな仕事をするにしても中国語が必要なのです。
チベット語は役に立たない・・・と分かっているから中国語の勉強がが優先される。そして中国が意図的に中国人(漢族)をチベットへと移入させているためチベット人の社会的な地位はますます危うくなっています。
多くのチベット人は仏教徒です。仏教の教えや寺院、僧侶を大事にします。ところが中国は、一時期ほぼ全ての寺院を破壊してしまいました。現在でも、僧侶の数を制限し、宗教行事もいろいろと規制されていると言います。僧侶達は「ダライラマを批判せよ」と強制され、拒めば寺を追い出されたり、投獄されたりしています。亡命者に僧侶や尼僧が多いのは、とにかくヒドイ扱いを受けているからなのです。仏教は彼らのより所です。インドやネパールへ行けばチベット語も仏教も勉強できる。即ち、「チベット人として生きられる」・・そんな思いで亡命を図るのです。チベットも一時期「独立」を目指しました。しかし、中国の壁は厚く、ダライラマ14世は独立を諦め「中国という国の枠組みの中でいいから、主体性を そして 人間としての尊厳を認めろ」と訴えています。
f0020352_1420549.jpgこうした事実については、受講した”チベット”に整理しました。 
                      インドの「ダラムサラ」がダライラマ14世がいる都市です。→
チベット チベットの民族融合? ヒマラヤを越える子供たち を参考にしてください。
今再び繰り返しましたのは驚くべきことが新聞に掲載されたからです。

標高5700メートルの氷河上をチベットの尼僧や少年僧ら数十人が黙々と歩いていた。中国側の弾圧を逃れ、ネパールを経由してインドにいるチベット仏教の最高指導者ダライラマ14世に会いに行くためだった。すると、中国の国境警備隊が氷の尾根に現れ、列に向って無慈悲にも発砲した。「パン!パン!」という乾いた音の後、先頭や最後尾の人影が倒れていく。
「なんということだ。彼らは人間をまるでイヌのように撃ち殺している。」

亡命しようとしたチベット僧の列を銃撃するシーンがインターネット上で流され、世界に衝撃を与えている。
この映像は、ある登山家が9月末、中国のチベット自治区とネパールの国境付近、チョーオユ峰のベースキャンプで偶然撮影したもの。中国当局は「引き返すよう説得したが(抵抗したため)発砲した。正当防衛だ」と発表した。だが、映像は無抵抗の子どもを狙撃する様子をはっきりと映し出していた。


私はいま お隣の「中国」という国を知り、理解しようとの意図から本を読んだり、講演を聞いたりしているが、逃げる子供を射殺するような無慈悲な人権感覚、そしてその事実を糊塗しようとする当局の姿はとても理解できない。
いかに いま 経済が急成長 しようとも世界最大の人口を有する大国の将来は暗たんとしているのではなかろうか。
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by m-morio | 2006-10-26 14:31 | 中国のこと | Comments(0)
という映画を観ました。
パレスチナのガザ地区の難民キャンプに住む一人の女性(ガーダ)を12年間も追い続けたドキュメンタリー映画です。
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この映画の内容や評価は、最近道新に紹介されていました。その記事を添付しますのでご覧ください。
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ガーダの日常生活を家族、親族の中に飛び込んでこまやかに映し出していきます。
悲惨な場面もあります。昼夜を問わず機関銃の音が住まいの上から降り注ぎ、時には直ぐ側の壁に銃弾が刺さり込むといった場面もあります。

また、あの「インテイファーダ」(民衆蜂起)の場面。イスラエル軍の装甲車に向ってこぶし大の石だけで抵抗するパレスチナの民衆、そしてその中の少年を後ろから撃って死に至らしめる無謀。 悲しい現実を目の当たりにしました。

ガーダは言います
お菓子作りも、歌うことも、踊ることも、全てが闘いに通じているのだと・・・

老人の一言が耳に残ります。
”神よ どうか かれらに罰を与えて!”

上映は 27日まで。
シアター キノ (狸小路6丁目) 1800円 ただし60歳以上1000円です。
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by m-morio | 2006-10-25 09:03 | 日々雑感 | Comments(0)
ヒグマが出ることがある公園へ数ヶ月ぶりに足を踏み入れました。
f0020352_9205081.jpg今月中旬にやっと解禁になったのです・・・入園が。
例の熊が捕獲され、処分された後 新たな熊の落し物が見つかり閉園が続いていましたが やっと解放されました。

昨朝は 手稲山に初冠雪 が確認され ピリッと寒さを感じましたが 歩きなれた公園の秋の香りを感じながらの散歩も心落ち着くものでした。

ただ残念なことに、この再開を機会にご丁寧に整備されたらしく、細道の両側が刈り取られた草ですっかり覆われていました。
ということは 春に見られたマイヅルソウなどは跡形も無くなっているということで・・・


期待していた 赤い実 に会うこと叶わず。。。
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by m-morio | 2006-10-24 09:23 | 宮丘公園 | Comments(0)
10月は何かと慌ただしい。
市民カレッジの受講が4回ある。2時間の聴講だが、録音してきたものを聞き後日のためにメモを整理する。
更に、今月は「ことば面白噺」という講演を聞いたり、中国に係る講座を受講したりしている。そんなこんなで1週間はあっという間に過ぎて今月も残り少なくなった。

ところで この中国のことだが、日中間の諸問題は新聞等で数多く採り上げられている。
靖国問題、戦後処理問題、油田開発問題、教育問題等 枚挙に暇が無い。
これらの報道を横目で眺めながら、分かっていないなぁというか分からないことが多すぎる とつくづく思う。
先般、「大地の咆哮」という本のことに触れたがその余韻が未だに頭を離れない。
機会があれば 隣の国のことを もっと知っておいてもいいのでは との思いはあった。

折も折、先日、ふと目にした掲示で中国を勉強する講座があることを知り、後先を考えずに申し込みをしてしまった。
主催する団体については全く知識はない。聞いたことすらない。
だが、講師陣が北大等の教授・助教授であったので飛び込んでしまった。5回シリーズで毎回講師は交代する。
現代中国を知る~世界の中の中国と、そこに生きる人々~というタイトルで。。。

1回目は、”今の世界の中の中国と市民社会の動き”を聞いた。
今週は「経済成長はなにをもたらしたのか」だ。
いろいろ知りたいことはある・・・・・
・日本とはスケールが違う、人口や国土 
・農民と都市民の戸籍問題 
・貧富の差 
・経済成長は国民に平等に恩恵にもたらしているのか 
等々興味は尽きない。

あまり手を広げると虻蜂取らずにもなりかねないのだが、短期間の集中講座だ・・・期待通りの講座か否かは分からないが ボケ防止のために。。。。。
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by m-morio | 2006-10-23 09:13 | 中国のこと | Comments(0)
きのうの「ことば面白噺」の最後に書き残しました漢字は読めましたか?
お節介ですが ルビ をつけてみます。

田舎 =いなか
大人 =おとな
浴衣 =ゆかた
時雨 =しぐれ
昨日 =きのう
乳母 =うば
猛者 =もさ
蚊帳 =かや
草履 =ぞうり
白髪 =しらが
五月雨 =さみだれ

日向 =ひなた
所以 =ゆえん
団扇 =うちわ
真似 =まね
相応しい=ふさわしい
案山子=かかし
秋刀魚=さんま
心太=ところてん

的士 =タクシー
巴士 =バス
康徳 =カント(哲学者の)

瑪麗蓮夢露=マリリンモンロー
瑞西 =スイス
英吉利=イギリス
手巾 =ハンカチ
洋杖 =つえ


小鳥遊・・・・・たかなし =小鳥が遊んでいて、鷹が居ない
月見里・・・・・やまなし =邪魔するものがなくて月が良く見える
一口・・・・・・・いもあらい=入口が一つだと芋を洗うように混みあう
薬袋・・・・・・・みない  =武田信玄が戦の途中で病に倒れたとき、百姓が差し出した薬で治癒したことから、信玄がその百姓に「薬袋」と名乗ることを許した・・との言い伝えが起源。読み方は好きなように・・・とのことだったとか。薬袋を見ただけで中身が分かることに由来したのか。。
春夏秋冬・・・ひととせ =一年間
四月一日・・・わたぬき =四月になって暖かくなると綿入れが要らなくなる
一 ・・・・・・・・にのまえ =文字通り です
八月一日・・・ほずみ  =旧暦で神に稲穂を捧げて豊作を感謝する


講演を聞いて、改めて日本語の面白さを感じました。
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by m-morio | 2006-10-20 11:17 | 市民カレッジ | Comments(2)
今回から「受け売り」の言葉を添えることにしました。
「ことば面白噺」で考えさせられたのと同時に、この言葉が気に入りましたので。。。

今日は ウズベキスタン のことについて聴講してきました。
まず 場所です。f0020352_19181524.gif
中央アジアの一国で、ソ連が崩壊した時に他の国と一緒に(5カ国)独立しました。
面積は日本の1.2倍くらいで、人口2,660万人です。人口では中央アジアの中で最も多い国です。
この国では紛争は起こっていません。
ではどこに着目して取り上げられたのでしょうか。
この辺りのことは後日整理します。

今回も国旗のことを。。。。
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これがウズベキスタンの国旗です。
月と星はイスラム教のしるし。
星の数は、ウズベキスタンを構成する12州を意味します。
青色は空を、白は国土を、緑は農業を、そして赤い線は国を守る決意を表しているのだそうです。
1991年独立ですからまだ15年程度しか経っていません。
シルクロードの要衝として栄えた中央アジアの国は私たちにどのような興味ある事実を伝えてくれるのでしょうか。
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by m-morio | 2006-10-19 19:33 | 市民カレッジ | Comments(0)
札幌市教育委員会主催の 市民生涯学習講座 というのがありましてその中の一つ「ことば面白噺」という講演を17日に聴講しました。
講師は元NHKチーフ・アナウンサーの藤谷 榮也さんです。
この方は、長い間新聞のコラムに執筆されていたのでお名前は承知していました。(このコラムへの投稿が近いうちに本になるようです)お年は話の内容から押して恐らく75歳前後と拝察しましたが、数年前に病を得て右半身が不自由なのだそうですが、さすがに元アナウンサー、その語り口はゆっくりとかつ明瞭で大変聞きやすいものでした。

この講座の照会文には
「私たちが使っている日本語の中には、意外なエピソードを持っているものがある。正しい言葉というと、堅苦しく、難しい印象を持つが、笑い話のような由来を持つ言葉もある。言葉に関する気楽なお話。」
とあります。

当日、いただいた簡単なレジメには「受け売り~ことば面白噺」と書かれていました。「受け売り」・・・講師によりますとこれからお話しする言葉に関する事柄は自分が考え出したことではなく、本や辞典などから得た知識ですから「受け売り」なのだ・・とおっしゃる。

この論法からすると、わたしが市民カレッジの受講内容を書きとめているものなどは正に「受け売り」そのものです。
今後は「受け売り・・・現代史」と改題しなければならないのではなかろうか。。。と
いま真剣に考えています。

講演の内容をメモ風に整理しますと・・・・・
まず、"はなし"に当たる字には「話」「噺」「咄」がある。
」=今はこの字だけが使われる。古くは「語る」、物語の意味があった。
」=国字(わが国でつくられた文字)で、音読みが無い。小話、新奇な話の意味。「榊」「辻」「峠」など・・・。
」=音はトツ。中国では 叱る だが、日本では口から出るので「話」の意。

1 「的」(てき)の誕生噺    
Romantic=夢想的 Exotic=異国的 など tic の部分を和訳する際に、発音が似ていたことから半ば冗談から始まって定着したもの。
的の用法例を挙げますと
①政治的、現実的など     ・・・に関する、・・・についての、・・・の面では、・・・における
②動物的、家庭的など     ・・・のような、・・・風の、
③人物や物の名前の最初の一字に「的」をつけて親愛、侮蔑の意味を持たせた呼び方    取り的=相撲取り、幸的=幸助や幸太郎の一字をとって、幽的=幽霊のような

2 当て字にまつわる噺    
当て字=漢字の元々の意味を無視して音や訓を借りて都合よく読ませる漢字。愛でたい→目出たい
又は、音・訓を無視して意味の連想から都合よく読ませる漢字。 足袋→旅沓(たびぐつ)か、革で作る踏皮(たび)からか
出鱈目→サイコロの目。良い目悪い目、いずれでも出た目が自分の目。当然→当たり前。当前を誤って書いたもの。
熟字訓=田舎、大人、浴衣、時雨、昨日、乳母、猛者、蚊帳、草履、白髪、五月雨、などは漢字が許される
仮名書き今では漢字で書かない。日向、所以、団扇、真似、相応しい、案山子、秋刀魚、心太

読めますか? 
中国では 
的士、巴士、康徳、瑪麗蓮夢露、瑞西、英吉利、手巾、洋杖

難読名字: 
小鳥遊、月見里、一口、薬袋、春夏秋冬、四月一日、一、八月一日

最後に、
話をするということは声をきいて理解して貰うことであり、一回で分かって貰わねばならないのです。だから、よい話というのは分かり易く、相手に不愉快な思いをさせない話のことをいうのです。
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by m-morio | 2006-10-19 19:08 | 市民カレッジ | Comments(0)