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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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ブルルーンと電話が鳴る

「もしもしっ」

おおっ 彼だっ   

たっくんかい

「うん そうだよ」

寒くなったねぇ

「うん 僕なっ 未だ 半そで なんや」
(いきなり 元気な 声)

えっ 大丈夫なのっ
で ズボンは

「うん ズボンもなっ 半ズボンだったり、長いのだったり、中間のだったりするんや」

うーん たっくんは強いんだねぇ
(電話の向こうで 得意げな顔をしている彼の様子が電話口を通して感じられます)

彼は 体力づくり?に頑張っているらしい

先日もお母さんの助けを借りてメールをくれました

ぼくは まだ はんそで です
これからも げんきいっぱいたくましい こどもになります
 
じいじ ばあば もげんきでね。


これだけのことを書くのに相当な時間を要したことだろう。
恐らくPCの前でキーボードを仮名入力にしてもらって、一字一字ポツポツと打ったはずだから・・・。

電話をくれたキッカケは、こちらから新聞に載った写真を切り抜いて送ったことへの“着いたよっ”電話です。
写真は、札幌市内で激しく降る雪の中を通勤の人が背をかがめて急ぐ姿を撮ったものです。

「札幌は 寒いんやなぁ」

うん 寒いよ 

この後 上の 半そでの会話になりました。

この後 いろいろな話をしていると・・・

「あのなっ じいじ の手紙の切手を集めることにしたんやっ」

という。

「あの 80円の切手や」

世界陸上の記念切手を貼ってやったので それを集めようという気になったらしい。
80円+20円+20円 の切手を貼った。

たっくん 全部でいくらになるんだろう ?

しばらく 沈黙・・・・・・・・

「うーん ひゃくにじゅう 」・・・と小さな声

まだ 算数は 習ってもいないから無理もないが 

ピンポーン 


心なしか たっくんの声が元気です。
歯切れが良く、声も大きくなったような気がします。
自信に満ちています。

傍にいた ばあば も 受話器を通して彼の声がよく聞こえる・・といっていました。

たっくん!たくましい げんきな こども になろうね
                            落し物
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by m-morio | 2007-11-20 10:00 | たっくん | Comments(0)
私たちは日常、言語(言葉)でその意志を伝え感情を表現している。更に、そうした思想、感情、意志などを文字をもって記録し、後世に伝え残している。

この言語が世界から徐々に失われているのだそうです。

▶米国の研究者らの調査によると、
世界中には推定七千の言語が存在するのだが、その半数以上が今世紀中に消滅する恐れがある。
既に10人未満しか話者がいない言語が五百以上あり、最後の話者死亡などによって、二週間に一つのペースで言語が地上から消えている。
▶消滅のペースが特に急速なのは、南米やオーストラリアなどの一部の地域らしい。これらの地域では先住民が多様な言葉を話してきたが、英語やスペイン語が標準語として浸透したため、独自言語の使用は社会で不利になると考え、自ら放棄する先住民が多い。
先庄民の言語は文字を持たないケースが多く、歴史や文化は口承されてきた。
「話し言葉が消滅したとき、その人々がどう考えてきたかなども失われてしまう」と指摘されている。
▶このことは南米などに限ったことではない。
中国には55の少数民族が居住している。しかし、少数民族の言語は衰退の一途を辿り、絶滅寸前の状態にある言語は数十種類もあるという。
チベットでも似たような現象が進みつつある。漢族の急速な流入によって、官庁を中心に公用語にチベット族の言語が使いにくくなっている。就職するには漢語を習得しなければならない。チベット自治区内ではチベット語を教える教師も殆どいなくなってしまったとか。チベットの場合は、今世紀中に言語がなくなるとは思われないが、例えば総人口5000人ほどのタタール族は、自分たちの言語を使えるのは1000人にも満たないという。あとはみんな他の民族の言語を使っている。
注)  タタール族は、新疆ウイグル自治区に分散して居住していて、タタール語は一部の年寄りだけの間で使われており、他の人たちはカザフ語またはウイグル語を使っている。(写真は タタール族の女性)
f0020352_1026086.jpg▶言語を存続させる唯一の有効な方法は、言語学習を始める六歳児らが自分たちの言葉を貴重と感じられる環境を整えることだとの意見がある。
しかし、中国のある民族の場合、小学校の教科に民族の言語の科目を入れていても、その教師さえ見つからないというのが現状です。

“言語”一つ採り上げても、世界の大きなうねりを感じます。
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by m-morio | 2007-11-16 10:29 | 日々雑感 | Comments(0)
新聞の小さな記事で目にしました。
そう、コソボ自治州 です。セルビア共和国の中に位置しています。

“あの紛争”はその後どのような推移を辿っているのだろうか。
独立はできるのだろうか。
6月のカレッジで「旧ユーゴ」が取り上げられたときには前途多難の様子だったのですが。。。

旧ユーゴとセルビアとの関係は「旧ユーゴ」で簡単に触れてありますが、ここではセルビアとコソボの関係に着目してみたいと思います。

f0020352_13424746.jpg◆少し、セルビア共和国の歴史を辿ってみます。
1389年「コソボの戦い」でオスマントルコに敗退し、以後、約5百年間、トルコの支配下。
1878年ベルリン条約により「セルビア王国」の独立承認。
1914年オーストリア皇太子暗殺事件をきっかけにオーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦勃発。
1918年オーストリアが瓦解し、セルビアが中心となって「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」(後、ユーゴスラビア王国)建国。
1992年民族紛争とユーゴ解体の中で、モンテネグロ共和国とともにユーゴスラビア連邦共和国を樹立。
1999年コソボ紛争により、NATOによる80日間の空爆を受ける。コソボが国連統治下となる。
2003年セルビア・モンテネグロに国名変更
2006年モンテネグロの独立により、セルビアがセルビア・モンテネグロの承継国となる。(外務省HPより)

歴史とともに、セルビア共和国は83%がセルビア人(セルビア正教)、コソボ自治州は88%がアルバニア人(イスラム教)が占めていることも知っておく必要があります。

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by m-morio | 2007-11-15 13:51 | 市民カレッジ | Comments(0)
入りました。 今日から。。。

このBlogをopenしてから、あっという間に2年が過ぎました。

恐る おそ~る 始めました。 下手な文章で ただ事実を並べるだけの日記です。

いつも思うのですが、文章に 「一つのスタイル」 を持ちたいと・・・。

でも意識すると なかなか うまくいきません。

新聞や本を読みながらも いつもそんなことを考えています。

ただ よくも続いたものだ!! と 我ながら びっくり です。

「355件」  これが この2年間の日記です。

また 続けます。

ご愛顧のほどを。。。

コメントをいただけると なお 励みになります です。


                  クラーク博士 ”大志” とは無関係ですが・・・
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by m-morio | 2007-11-15 13:22 | 日々雑感 | Comments(1)
札幌にもとうとう初雪が降りました。
といっても それを体感した人は少なかったのではないでしょうか。 市街地では「みぞれ」がちょっぴり降った程度でしたから・・・。

そんな寒い一日 室内で 身辺の整理などしていましたら こんなスクラップが出てきました。

欧州連合の志
全長およそ二千九百キロのドナウ川は、ドイツの「黒い森」を源流にオーストリア、ハンガリーなど十カ国を巡って黒海に注ぐ。 上流に比べると下流の国々はなぜか経済的に貧しい
▼河口の国はルーマニアだ。チャウシェスク政権時代には国民への配給を削り、原油や食糧を輸出した。人々は「ここには本当の平等がある。世界一低水準の平等が」と嘆き、飢えと酷寒に耐えた
▼そのルーマニアと隣国ブルガリアが欧州連合(EU)の仲間入りを果たした。EUは大西洋から黒海につながった。晴れて「欧州の一員」となった両国民の喜びは大きい
▼加盟国はこれで二十七になったが、増えることには懸念もある。なにしろ新参はどこも発展途上だ。今回の両国は、もっとも豊かなルクセンブルクと比べ経済格差が八倍もある。発展につながる補助金を出す必要がある
▼拡大路線を支えるのは、「欧州は一つ」という考えだ。
そもそもEUは第二次大戦後「欧州で二度と戦争を起こしてはいけない」という誓いのもとフランスや旧西ドイツなど六カ国が石炭と鉄鋼を共同管理する組織をつくったことから始まった
▼EUはいま憲法制定を目指すが、三分の一の国がまだ賛同しない。理想を掲げると、必ず批判が出る。行きつ戻りつは、当たり前なのだろう。それでも「不戦の誓い」「一つの欧州」の理想を捨てない。この志の高さは見習いたい。
07年1月9日 北海道新聞 の 卓上四季 です。

今、欧州連合は 欧州憲法の制定の頓挫、東方拡大による加盟国間の軋轢、域内の経済格差などさまざまな困難に直面しています。
こんな本を入手してきました。 10月に発売になったばかりです。
これから読みます。
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by m-morio | 2007-11-02 20:13 | 市民カレッジ | Comments(0)
中学二年生だ。
本当の名は本田潤一、コペル君というのはあだ名。年は十五だが、十五にしては小さい方で、実はコペル君も、かなりそれを気にしている。級でも二位、三位を争っている。むろん、ビリから。
ところが、成績の方からいうとその逆で、たいてい一番か二番で三番と落ちたことはめったにない。といって、コペル君は点取り虫ではない。遊ぶことが大好きで、野球では、クラスの選手になって大きなグローヴをはめて、二塁を守っている。
成績が良いのに、コペル君は級長になったことがない。それは、人望がないということよりも、少々いたずらが過ぎるからだ。父兄会のたびに先生からお母さんは注意されるのだが、お母さんからコペル君には「また、注意されましたよ」程度の小言で終わってしまう。
その理由は、コペル君のいたずらが、人を困らせたり、嫌がらせたりするようなものではなく、ただ人を笑わせて喜ぶ、いたって無邪気なものだからだ。もう一つ大きな理由は、コペル君にお父さんがいないことである。大きな銀行の重役だったお父さんは二年前になくなったのだ。
コペル君には、叔父さんがいる。お母さんの弟だ。大学を出てからまだ間もない法学士だ。コペル君はこの叔父さんとはたいへん仲よしだ。
もともとコペル君というあだ名は、この叔父さんが製造したものだ。
でも、なぜコペル君というのか誰も知らない。
「なぜ」と聞かれても、コペル君はただ笑うだけだ。でも、こうだすねられるとき、コペル君の顔つきは、なんだか嬉しそうに見える。

・・・といった内容の書き出しの本を通読しました。

もう少し続きます
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by m-morio | 2007-11-01 11:20 | | Comments(0)