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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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今朝方は雨だった。 予報ではそんな気配すらなかったのだが・・・
でも市内の雨も8時頃には上がるとのこと
思い立って バラ園 へ
周囲がごちゃごちゃしていたので アンダー気味にしてみました


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日差しが強くなり 時折吹く風で 水滴は 少しずつ減っていく
消えてしまわないうちに・・・
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by m-morio | 2008-06-30 16:57 | 写真 | Comments(0)
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面積・・東京都の約半分
人口・・700万人弱
略史・・1842年:南京条約により香港島が英国領土となる。
1860年:北京条約により九竜半島の先端が英国領土となる。
1898年:英国は更に中国との租借条約により235の島を含む新界の99ヵ年にわたる租借を確保。
1982年9月以来行われてきた中英交渉が1984年9月妥結し、双方の首相により、1997年7月1日をもって香港の全領域を中国に一括返還する旨の共同声明に署名され、1985年5月発効。
1990年4月中国全国人民代表大会にて「香港特別行政区基本法」を可決、成立。 
1997年7月1日、中国に返還。

2007年7月で香港返還から10周年となり中国本土との関係は大きく変わりつつある。
香港と呼ばれる地域は、香港島と九竜半島、それにランタオ島などの中小の島々で構成され、総面積は東京都の半分。
宝石箱のような夜景が有名な香港だが、なぜ、かつての「不毛の島」がここまで「香しい港」になったのであろうか。
イギリスの植民地となり、そして中国に返還されたその歴史と現状を振り返ってみる。
写真:九竜から見る香港島のパノラマ
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by m-morio | 2008-06-28 10:31 | 市民カレッジ | Comments(0)
社会人には、"5月病" というのがあってなかなか新しい環境に馴染めない人が出るとか言われますが 1年生の たっくん は 元気に学校を楽しんでいます

今年の新入生は20名ほどらしく1学年一組ということです
保育園で一緒だった友達の多くが同じ学校なのでそれも嬉しいらしい

細っこい身体で 大きなランドセルを背に 毎日はつらつと過ごしている
今時のランドセルは一頃のものより少し大きくなっているようだ
理由は、数年前に用紙がB5中心からA4へ移行したのがきっかけだとのこと

A4に合わせなければキチンと入りきらずに折り曲がってしまうということだろう

お母さんがお仕事に出ているので 学校が終わると まっすぐ 学童保育園へと直行する
そこでもお友達が一緒・・・とにかく毎日が楽しく 元気一杯だ!
一日中 身体を動かすので 夜に電話するとなんだか眠そうだ
坪庭には、トマト、トウモロコシも植えてその成長を楽しみにしているとの様子をポツポツと話してくれる

ばあば との会話を傍で聞いていると、学校では“算数”がおもしろいといっている
習っているテニスも上達してクラスが上がったとか
今は おとうさん、おかあさんと一緒に土曜日に汗を流している

たっくん お友達 を たくさんつくろうね
そして
元気な身体 を つくろうね

写真: 毎日、お向かいの地蔵尊に手を合わせてから学校へ
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by m-morio | 2008-06-20 15:42 | たっくん | Comments(0)
「あめふりのにわっとり」

「ほめきざかり」

「雷の病」

「そっと申せばぎゃつと申す」

「おっこちきる」

「あとみよそわか」

と並べてみますと 何のことやらさっぱり分かりません。
これらが小説の表題です・・・といったら信じてもらえるでしょうか。
表題は別にありますから 少し違いますね。
短編連作の題名といったらご理解いただけるでしょう。

時代小説のページを好んで開いていますが、故人の藤沢周平や池波正太郎の作品はほぼ読みつくした感じです。勿論、すべてを読破したということではありませんが・・・・・

最近は、”宇江佐 真理(うえざ まり)”の作品を愛読しています。
・・・・・北海道新聞のコラムにときどき投稿していますのでご記憶にあるでしょうね。
この作家は、1949年函館生まれで現在も函館に在住し活躍しています。
オール読み物新人賞を受賞したのが1995年とのことですから作家としてデビーは遅いほうです。

宇江佐作品の舞台となるのは多くが 江戸深川 です。  江戸情緒あふれた作品では、

大川を渡る風の匂いや
路地裏を行きかう物売りの声
裏店の住人の貧しいが明るい人情あふれた暮らしぶり

が見事に表現されていて時にはホロリとさせられます。

さて、冒頭のお題ですが、ここにすべてを明かしてしまうのは差しさわりがあるでしょうからその一端だけをチョッピリとご披露しておきます。

あめふりのにわっとり
・・・「雨の日、鶏小屋では表に出られない鶏が、仲良く雁首をそろえて外を見て小首を傾げている」様のことを表した言葉です。

ほめきざかり
・・・「ほめく」とは、熱気を帯びるという意味があるところから転じて”色気づいた男女”のことを。。。

雷の病
・・・「着たきりすずめ」のことですが、なぜそう言うのか・・

あまり種明かしをしてしまうと叱られてしまいます。よろしかったらご一読ください。
 「あやめ横丁の人々」 
さらに、付け加えますと この表題にもある意味が隠されていますよ。

この作品に限らず、この作家のお題の付け方はなかなか興味深いものがあります。
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by m-morio | 2008-06-19 18:50 | | Comments(0)
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1 概要
まず、“国”の概要を整理しておきます。
位置はマレー半島の南端に隣接するシンガポール島と周辺の島々を領土とする“都市国家”で、正式には「シンガポール共和国」です。
すなわち、“シンガポール”という“都市”それ自体が政治的に独立し一個の国家を形成しています。
面積・・・・・・・淡路島とほぼ同じくらい
人口・・・・・・・450万人
中華系:75%、マレー系:14%、インド系:9%
首都・・・・・・・シンガポール
略史:
1959年・・・・英国より自治権を獲得しシンガポール自治州となる
1963年・・・・マレーシア連邦成立に伴い、その一州として参加
1965年・・・・マレーシアより分離して、シンガポール共和国として独立

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by m-morio | 2008-06-18 14:21 | 市民カレッジ | Comments(0)
少し余談になりますが
コルカタとは直接関係ありませんがf0020352_14144292.gif
地図をご覧いただくと分かりますようにインドに抱きかかえられるように位置している国に「バングラデシュ」があります。
興味深かいのはこの国の“国旗”です。
 こんな具合です → → 
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どこかの国の国旗に似ていますよね。

わが国の「日の丸」を参考にしたらしい・・・という説もあるようですが当のお国の方々は肯定はしていないようですか、否定もしていないらしいです。

「国旗」の本の説明によりますと
国旗の意味は「緑がイスラム教を、赤い丸は独立に流された血を表している」
赤い丸が少し左側に寄っているのは「風になびいても、その丸が中央に見えるように」少し旗竿側に寄せてあるのだそうです。

国旗をそのような目で見たことがありません。
「日の丸」が風になびいたときの様子をいつか観察してみましょう。
左右どちらかに寄って見えるのでしょうか。

ご参考までに・・・
■バングラデシュ(=ベンガル人の国の意味)は、元々はインドとともに英国領から1947年に独立した国「パキスタン」でした。
ところがこの国は東西に分かれた飛び地の国でした。(地図の)左上に現在のパキスタンがありますが、当時の“西パキスタン”で、現在のバングラデシュは“東パキスタン”と呼ばれていました。
インドをはさんで西パキスタンと離れていて、言語・宗教・経済も違っていたので1971年分離独立しています。
なぜ「インドとパキスタンが分離したのか」また「なぜ東パキスタンが独立したのか」については、機会がありましたら採り上げることにしましょう。 「カシミール」問題のときに触れたかったのですが、あまりにも長文になりましたので割愛した部分です。

■面積は14万平方kmで、北海道の約1.7倍の広さですが、人口は日本を凌ぐ1億4千万人を数えます。
世界の最貧国とまで言われる状態で、世界各国の援助に支えられている国といえるのでしょう。
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by m-morio | 2008-06-13 14:26 | 市民カレッジ | Comments(0)
野暮用で ”北海道開拓の村” まで足を運びました。
開拓の村のことはHPをみてください。

滅多に用事のないところなので、何年ぶりだろうか・・

コンデジを片手に村内を半分だけ(広いんですよ・・)散策しました。
緑は多いし、天気も快晴、風もさわやかで気持ちのいいことこの上ありません。

そのときの一枚
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蚕種製造所で、この村では蚕を6月から8月にかけて飼育しているのだとか・・・
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by m-morio | 2008-06-11 18:30 | 写真 | Comments(0)
今月のカレッジの初回は「コルカタ」です。
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インドの東部の西ベンガル州の州都で、ガンジス川支流の低湿地に発展した都市です。

この都市名は、2000年に”カルカッタ”という英語読みをベンガル語風に改称したものです。

コルカタは、1686年にイギリス東インド会社が進出してくるまでは小さな三つの集落があるのみでした。
以後、商館の建設、前記の三つの集落の取得など着々と支配の基礎を築いていきます。
18世紀初めには、コルカタにはイギリス人の住宅地もできインド人との地域的な差別が表面化していきます。
そして土地や権益にからむ戦争などを経てコルカタは、ベンガルにおける商業根拠地からイギリス領インドの支配拠点へし変貌し、新たな都市構造の基礎が出来上がっていきます。
1772年にイギリス総督府の首都となり、1911年にデリーに首都を移すまでイギリスのインド支配の拠点として発展しました。

こうした歴史を持つコルカタには、イギリス統治時代の面影を伝える建造物がたくさん現存しています。イギリス女王記念館、インド博物館、聖パウロ大聖堂、現州政府庁舎は東インド会社の書記の合同宿舎だった建物などです。

多くの方は、コルカタと聞くとマザー・テレサを思い起こし、貧困の街、スラムの街を想像されることでしょうが、その両極端な様子を見ることもできるのです。
確かに、コルカタは過密都市であって路上生活者も多く、インドの他の都市に比べてインフラの整備が遅れ、スラムのような風景が多く目に付くのも事実のようです。
しかし、今コルカタは変わりつつあります。経済発展の大きなうねりの中にあってIT産業が発展し、新しい町もでき、停滞の期間が長かっただけにその変化が一層顕著なのだそうです。

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by m-morio | 2008-06-08 16:02 | 市民カレッジ | Comments(0)