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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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ここ数年、特に実感しているのがこの“記憶力”の衰えです。

現代史ともつかない、世界情勢に興味を持ちながら日々過ごしていますが、人名が苦手です。

新聞記事には、各国の大統領や首相の名が頻繁に出てきます。
「どこそこの大統領が、○○の会議で◇◇について語った」などというのは日常茶飯事です。

アソウ(麻生)さん、オバマさん、プーチンさんといったところはまあ何とかクリアーできるのです。

最近、やっと覚えたかなぁと思うのが「メドベージェフ」さん・・・・ロシアの大統領。

イスラエルの大統領はペレスさん、首相はネタニヤフさん(最近変わったばかり)

ウクライナの大統領はユーシェンコさん、首相は(美人の・・)ティモシェンコさん

イラクの大統領はタラバニさん、首相はマリキさん

これらの人達の名前は、とっさには口に出てきません。活字で確認せざるを得ないのです。

特に、いま 覚えられないのが 

イランの大統領 「アハマディネジャド」さんです。

新聞に載るたびに、一字一字目で追うか、飛ばして(字を読まず)▲×◇大統領と先に進む。

この大統領は、毎日のように新聞紙上に登場します。過激な発言をするからでしょうか。
イランという国が、今話題に事欠かないということでしょうか。

今朝も載っていました。
ある会議で「イスラエルは人種差別主義者の国だ」と批判したとか。
この人は、以前に
「イスラエルは世界地図から抹消すべきだ」
という趣旨の発言をし、
イスラエルと真っ向から対立していることで名を売って(?)います。

イランとイスラエルとの"核戦争"・・・の心配も。。。

まあ、それは余談として とにかく物覚えというのでしょうか、集中力とでもいうのでしょうか、
その類のことが極端に衰えています。

買い物を頼まれても、一つくらいは忘れてくることも多くなりました。
先程も、出かけたついでにパンを買ってくるように言われたにもかかわらず、
帰りの車の中で思い出し、パン屋さんへUターン。

帰宅しても、そんなことはおくびにも出さず・・・“ご指示通り“という顔をしています。

とほほです(^_^;)
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by m-morio | 2009-04-21 13:15 | 日々雑感 | Comments(0)
イラク~将来への道~ その2

◇ イラク戦争その後
 イラク戦争の開戦(03.03.20米英軍による攻撃開始)から6年が経った。
イスラム教の宗派の抗争で一時は「内戦状態」ともいわれ、「国分裂の危機」(06.11.26道新)とまで報道されたイラクの治安は大幅に改善した。
米国のオバマ大統領は、イラクに駐留する軍を再来年までにすべて撤退させるという計画を発表した。
戦争の終結に向けて動き始めた。

◇ 治安落ち着く
イラクは、異なる民族と宗派が暮らしている。f0020352_959654.jpg
即ち、アラブ人のイスラム教シーア派、スンニ派と、クルド人が三大勢力である。
南部に多いシーア派アラブ人はイラク全人口の約60%、西部に多いスンニ派アラブ人は約20%、北部で多数を占め自治区を維持してきたクルド人は約15%でその大半がスンニ派である。

フセイン元大統領は、自分と同じスンニ派アラブ人を政権内で重用し、シーア派やクルド人を弾圧。
独裁政権によって治安が維持されてきた。
 2003年、米英軍がイラクを攻撃し、フセイン政権が崩壊すると、無政府状態となり、スンニ派とシーア派が、それぞれ武装民兵を組織して衝突。多数の死傷者が出続けた。
とりわけシーア派のサドル師を指導者とする武装組織「マハディ軍」が勢力を伸ばし、治安は最悪の状態になった。
しかし、2007年に米軍が増派し、イラク政府軍がマハディ軍の掃討作戦を展開した結果、2008年の春頃から、イラクの治安は改善に向かった。

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by m-morio | 2009-04-14 10:26 | 市民カレッジ | Comments(0)
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イラク~将来への道~ その1

◇イラクは西アジアに位置し、正式名称は「イラク共和国」。
古くはメソポタミアと呼ばれ、肥沃なチグリス、ユーフラテス川流域を主要部とする農業国であった。
人口2710万人、首都はバクダット。
地図が示すように、北はトルコ、東はイラン、南はクウエートとサウジアラビア、西はシリアとヨルダンに国境を接している。
言語はアラビア語と一部クルド語。
20世紀になり石油資源を背景に工業化が進む。
政治的には、1958年の「イラク革命」で王制から共和制に転換したが政情不安定が続いた。
しかし、その後の70年代後半から比較的安定。

1979年にはサダム・フセインが大統領に就任し、「イラン・イラク戦争(1980~88)」、「湾岸危機・湾岸戦争(1990~91)」を経て長期政権を維持したが、2003年の「イラク戦争」で米英軍の攻撃を受け、フセイン政権は崩壊。
独裁政治の終焉とともに国内は混乱が続き、未だ散発的にテロ行為が続くが、オバマ大統領は再来年までには米軍を完全撤退すると表明した。

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by m-morio | 2009-04-13 12:53 | 市民カレッジ | Comments(0)
たっくん が京都に戻りました。

別件で お母さんから 電話を貰いました。
用事が終わったら

「一人旅 の 様子を 聞いてみますか?」

・・・と彼に代わってくれました。

「もし もし 元気なのっ」

「うん」

「飛行機 大丈夫たったっ」

「うん」

「飛行機では 何していたのっ」

「うん 別に」

「席は前のほうだったのっ」

「うん 行くときは前から二番目でなっ 帰りは一番後ろだつたんや」
「行くときは、側に座った子とお友達になったけど、帰りは子供はいなかったんや」


・・・・・・・・・・

「福岡でなっ じいじ と魚釣りに行ったよ」

「船でかい」

「いや 違うよ」

「何が釣れたのっ」

「真鯛だよ 一匹さ」

・・・・・・・・・・

・・・うーん
なんか 淡々としているんですね。

じいじ 何心配してんのさぁ・・・ってな雰囲気なんですよ。

そう もう "親離れ" "大人離れ" って感じなんですね。

この調子なら 札幌への一人旅 は 遠からず実現するのだろう。。。
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by m-morio | 2009-04-11 09:15 | たっくん | Comments(0)
◇ イランは「革命」から30年を迎えた。
 駆け足でイラン革命(イスラム革命とも言われ、イラン・イスラム革命と表記されることもある)からの30年を振り返ってみる。
 1979.01.16・・反政府暴動の拡大を受けてパーレビ国王が祖国を離れる
     .02.01・・フランスに亡命していたホメイニ師が帰国。 王制が崩壊。
     .04.01・・イスラム共和国が成立
     .11.04・・米大使館人質事件発生
 1980.04 ・・米国が国交断絶
 1980.09 ・・イラン・イラク戦争開始
 1989.08 ・・停戦
 1989.06 ・・ホメイニ師死去。後継の最高指導者にハメネイ師 1997.05 ・・改革派のハタミ師が大統領に当選
 2002.08 ・・反体制派が秘密核開発を暴露
 2005.06 ・・保守強硬派のアフマディネジャド氏が大統領に当選
 2006.12 ・・核問題で国連安保理が制裁決議採択

 王制が敷かれていたイランでは、1979年、イスラム教シーア派の教えを、政治、経済、社会のあらゆる領域に浸透させようという「イスラム革命」が起き、イスラム教指導者が、直接政治を行うようになった。
これを機に、イランは「親米」から「反米」へと、180度舵を切った。
その直後、革命を支持する学生たちが米国大使館を占拠し、外交官などを人質とる事件が発生。
以後、両国の国交は断絶したままである。

 現在、国内の政治勢力は、イスラム革命の原則に忠実な「保守派」と、自由の拡大や国際協調を重んじる「改革派」に大別される。
4年前の大統領選挙で、改革派のハタミ大統領から、保守強硬派のアフマディネジャド大統領に交代した。
その後のイランは、国連安保理の度重なる決議を無視して、核開発を続け、国連や米国の経済制裁を受けている。
革命から、2月で30年の節目を迎えた。

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by m-morio | 2009-04-10 13:14 | 市民カレッジ | Comments(0)
カレッジの後始末をしなければならないのだが、なかなか進まない。
イランとイラクが残っている。
それまでのツナギ・・・を。

「中東和平」という活字を頻繁に新聞紙上で目にする。
また、このブログでも再三使っている。整理しておこう。

 最近の話題として、イスラエルで右派中心のネタニヤフ政権が誕生した。
報道では、この結果を踏まえて「中東の和平交渉は停滞」すると報じている。

では、「中東和平」とは、どういうことなのか。

まず、「中東」とは・・・ということについては過日位置的な話を書いた。
この中東にどこの国を含めるかは学者・評論家がそれぞれの理屈で分類している。

それはさておき、中東というのは、ヨーロッパから見た言い方。f0020352_1158465.jpg
図に示した通り、日本は右端(東側)に位置していて「極東」の範囲に分けられる。
ヨーロッパに近い東方が近東で、中東はその東側になる。

この中東にユダヤ人が作った「イスラエル」がある。第二次世界大戦後の1948年に誕生した。→右の地図をご参照。緑色の部分がヨルダン川西岸とガザ地区。f0020352_1159556.gif
イスラエルを作ったユダヤ人は、2500年以上前に、この辺りに王国を築いていたが、国が滅びて世界各地に分散してしまう。
多くはヨーロッパに移住するが、各地で迫害を受ける。
特に第二次大戦中には、ドイツで600万人のユダヤ人が殺された。
ユダヤ人は、このような迫害を受けるのは、我々が国を持たないからだとの考えるようになり、国づくり運動を始めたのである。
ユダヤ教の「旧約聖書」に、神がユダヤ人に土地を与えると書いてあり、ユダヤ人はその土地を「約束の地」と呼んでいるのだが、ここが、その後パレスチナと呼ばれるようになり、今のイスラエルになる。

このような背景があって、第二次世界大戦が終わると、世界中から大勢のユダヤ人がここに移り住んできた。

しかし、戻ってみると、既にアラブ人が住んでいた。
ユダヤ人が去った後に、アラブ人が住み着いたのだ。
ここに突然イスラエルという国ができたために、アラブ側はイスラエルに攻め込み戦争になった。
いわゆる中東戦争である。
イスラエルは周辺のアラブ諸国と交戦し、ヨルダン川西岸やガザ地区を占領する。
f0020352_1202745.jpg
この地図は、イスラエル(赤)を取り巻くアラブ諸国(緑)を色分けした。必ずしも100%アラブ人とは言えない国もある。スーダンはほぼ40%程度である。なお、トルコはトルコ人、イランはペルシャ人が主の多民族国家。更に付け加えると、中東の世界はイスラエルを除けばイスラムという枠組みで結ばれた世界といえる。
しかし、90年代、占領地をパレスチナ人に返還し、そこにパレスチナ国家を樹立して和平を実現しようという機運が高まった。
93年にパレスチナの暫定自治を認める「オスロ合意」が成立。
これを機に、二国家共存を目指すイスラエルとパレスチナ自治府の交渉が始まった。
2000年には一度決裂。
聖地エルサレムの帰属問題、国境画定など、具体的な課題に入ると両者とも譲らない。
総論賛成、各論反対の図式である。

イスラエルを認めないイスラム過激派はテロ攻撃をするし、これに対抗してイスラエルは西岸地区を囲む「分離壁」を設け、パレスチナ人の移動を制限した。合意を無視した実力行使によって亀裂は深まった。

 米国はイスラエルを支援しているが、和平を推進する立場でもある。
ブッシュ前大統領は決裂していた交渉を07年に再開させた(覚書を交わした)。
オバマ大統領も就任早々、積極関与を打ち出した。
注)覚書には「イスラエルのオルメルト前首相やアッパス自治政府議長が出席した米国での国際会議で発表され、二国家共存の必要性や、イスラエルによる入植地建設の凍結を明記している。

周辺のアラブ諸国は、パレスチナ国家が実現すればイスラエルとの和平に応じる姿勢を示しているので、中東全体の安定につながる可能性もある。

ところが、過日のネタニヤフ政権発足の様子から推して、事は簡単には進みそうも無い気配である。
ネタニヤフ首相(パレスチナやアラブに対する「強硬派」)は「現時点で占領地=入植地をバレスチナに譲ったら、イスラム過激派のテロ活動の拠点となる」と主張している。
新任のリーベルマン外相(「わが家イスラエル」の党首。この党は、90年代旧ソビエトから大量に移住してきたユダヤ系の移民を中心に結成された「極右政党」)は、「覚書を順守する必要なし」と合意を無視する構えである。

さらに、外相就任直後の記者会見では、
「譲歩すれば平和になると考えるのは間違いだ。譲歩は戦争につながる。」と述べている。

その背景にはガザ地区の例がある。
05年にイスラエルが撤退した後、ガザ地区はイスラム原理主義組織ハマスに支配され、イスラエル領へのロケット攻撃が活発になったからである。
昨年末のハマスを狙ったイスラエルの軍事作戦は、ガザ地区の住民のイスラエルに対する憎悪を募らせ、応戦したハマスへの支持を強めた。

前述のように、強硬姿勢の人物が外相を務める政権が、アラブ側との和平交渉を進めることができるはずはないという懸念が広がっている。
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by m-morio | 2009-04-05 12:14 | 市民カレッジ | Comments(0)
京都へ電話・・・

お母さんが出て、「たっくんはいないんで~す」

えっ!   どうしたの?

一人旅に出ました

だって(~o~)

京都から福岡までの旅に出たとのこと。。。一人で。。。

びっくり です。

クラスの友達が春休み中に、
“ 一人で・・とか、兄弟で・・おじいちゃん・おばぁちゃんのところに遊びに行くという話しを聞いて、俄然その気になったらしいのです。”

彼はこう考えたようだ

「じいじとばあば のところは遠いから 飛行機だよなぁ
どちらへ行こうか?
お正月は札幌だったから、やはり福岡だろうなぁ! 」

・・・と。

この辺のバランス感覚が素晴らしい(^^♪

という訳で今福岡に行っています。

一人旅のことは話題になった事があります。
まだ3つくらいのときです。
年齢制限もあるし、そもそも彼がその気になるかどうか?!
押し付けても良くないし・・・
な~んて お母さんと話した記憶があります。

それが・・・本人が ”行く”と言い出すとは・・・
驚きました。

なかなか繊細な面を持ち合わせている彼だから
札幌に来るにしても、飛行場から千歳までなんだかんだといって
2時間以上一人で過ごさねばならない。

間が持てるだろうか・・・と心配したこともありました。

杞憂だったようです。

それにしても集団生活の効果なのでしょうか。
互いに刺激しあってどんどん成長してます。
この一人旅で
彼は多くのことを体感し、学んだことでしょう。

今度会ったらそっと聞いてみよう
“おい! 涙は出なかったのか”・・・って。

新学期から2年生です。

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by m-morio | 2009-04-03 19:21 | たっくん | Comments(0)
◇イスラムに関する書物を読んでいると悩ましいことがあります。
用語が難解である上に、その表現が必ずしも統一されていません。
同一の人物でも、日ごろ新聞で目にする表現とかなり異なる表示をされると別人・別物と錯覚すること度々です。
アラビア文字で表記された単語の発音が、アラビア語、ペルシャ語などの言語によって異なることや、それらの英語表記をカタカナに直したものが多いからのようです。

例をあげて見ましょう

イスラムとイスラーム、ムハンマドとマホメット、スンナ派とスンニー派、サッダーム・フサインとサダム・フセイン、ホメイニーとホメイニなど枚挙に暇もありません。

「岩波 イスラーム辞典」というのがあります。f0020352_16452882.jpg
書物によっては、前書きでこの辞典に準拠して表記します・・・と断り書きをしているケースも見受けられます。「シーア派 台頭するイスラーム少数派」(中公新書 桜井啓子著)はその例です。

◇余談を一つ
 市民カレッジでは、講座が始まる前に参考書の一覧を届けてくれます。
でも、それが一週間ほど前に届いていました。
先月の講座で「もっと早く」との要望があったとか。
そんなことがきっかけになって、次回はアメリカを取り上げること。
そして、その事前の参考書として「好戦の共和国 アメリカ~戦争の記憶をたどる~」(岩波新書)が紹介されました。f0020352_1649127.jpg

昨年の9月に発売の新書で、大手の書店なら何時でも入手できるだろうと高をくくっていたら、とんでもない。K書店、S書店など3店を回ってみたが在庫なし。

講座で紹介されたのが影響して売り切れなのかも?!
受講生は45人前後だからなぁ
などと思いをめぐらせながら、取り寄せをお願いしてきました。

半数の方が購入するとしても20冊か・・・案外販売促進に寄与しているのかも。。(~o~)


などとくだらないことを。。。。
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by m-morio | 2009-04-01 16:50 | 市民カレッジ | Comments(0)