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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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北海道日本ハムファイターズのパリーグ優勝記念パレードが行われました
前回の2007年のときは寒くてしり込みしてしまいました
今日は、比較的暖かだったので その晴れ姿を見てきました

人 人 ひと ヒト ・・・10万人ほどか?
(ジャイアンツの優勝パレードも同日行われたようですが
こちらの人出は34万人だったとか・・・日本一だもしゃーないか それに東京だしね)

歩道は 観客と通行に分離しているため、まともに歩けません
立ち止まると とたんに "とまらないでください" と声が掛かります
記念写真を一枚と・・・ポイントを探すも 選んでいる余地はありませんでした

そんな状況の中でのスナップ
稲葉選手と梨田監督
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ダルビッシュ有投手の良い表情の一枚があるのですが トリミング しましたら ブログに載せる
ためのサイズ変更が上手くいきません  残念ながらまたの機会に・・・

パレードは20分程度で終わりました
例のごとく 周囲のピルから紙ふぶきが・・・
それは華やかで結構ですが その後が "たいへん"

車道は 散水車 や ごみを吸い取る車(何というのか分かりません)であっという間に清掃が終わりますが
歩道などは人海戦術になります

ボランティアの方たちの手作業です
お疲れ様!
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by m-morio | 2009-11-22 20:25 | 日々雑感 | Comments(0)
先日 近くに住む 甥っ子が訪ねてきました

写真を貸して欲しい・・といいます

私の写真など役に立つものかなぁ・・と思いながら話をきいてみますと

黒岳の写真はないか?
できれば "神々が遊ぶ庭" のイメージ だ という
ある程度の枚数を欲しいし、花の写真もあれば尚ベター
HPの背景に使いたいという

赤岳ならば登ったことがあるのですが、人様にお貸しするほどの写真はまず無いだろうう・・
第一、登山をやっていたのはほぼ20年も前のこと
写真のことなど殆ど知識も無く、ただカメラ任せの記念写真を撮っていた頃の話です

彼には 日ごろ 何かと世話になっているので 何とか期待に添えればいいのだが・・・と思いながら
ホコリをかぶったファイルを取り出してきました

赤岳には 3回ほど登ったような記憶がありますが、写真は2回分残っていました

彼に来てもらって ルーペでじっくりと見てもらったところ 

"良いのがあるなぁ" とのこと

なんとも 気恥ずかしい気分!
今 振り返ってみますと 折角苦労してこの場所まで到達していて もう少しマシな写真が撮れなかったのか・・

などの思いが胸を去来しました

彼は 今でこそ この種の写真から遠ざかっているのですが 一頃は仕事絡みで 随分多くの写真を撮っていたので 写真には造詣が深い

持ち帰った写真が どのような "背景" に仕立てられるものか とどきどきしています

下の写真 は その中の二枚です
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by m-morio | 2009-11-13 18:31 | 写真 | Comments(0)
(客を税務署員かとの懸念を持った亭主が)

「商社ねぇ。貿易戦争とか何とかで、この先大変でしょうね。自動車なんかだって、向こうが本気でわっと入ってきたら、イチコロだっていうじゃねえですか」

「規模がちがうからな。いま日本で一番売れてる車種だって、月産5千台まで行っていない。ところが向こうは万単位、多いのは10万単位だ」

「それじゃ、とても勝負になりませんねぇ」

「それを勝負しなくちゃいかんから、たいへんなんだよ」


「官僚たちの夏」(城山三郎著 昭和55年11月初版)f0020352_11204827.jpg
の商社員を装った通産省(当時の「通商産業省」。2001年1月の中央省庁再編で現在は「経済産業省」)の役人と居酒屋の亭主との会話。

最近、NHKでドラマ化され放映された・・・・が私は観ていない。
大河ドラマもそうなのだが、画像が綺麗すぎたり(特に時代物ではもっと泥臭い映像が好ましい)、役者に美男美女を使うのも気に入らない(笑)。
映像を観ていないから、配役さえもわからない。でも、原作には興味を覚えたので読んでみた。

主人公が極め付きの個性的人物で、取り巻き連も面白く設定されていた。(・・といっても、実話をフィクション風に扱われているから、実在する実物)

物語の背景は、
戦後の高度経済成長の過程における(当時の)通商産業省の役人が法案化しようと画策した「指定産業振興法」を巡る確執が描かれている。

 この物語は、「特定産業振興臨時措置法」をベースにしたもののようである。
この法案は、1963年(昭和38年)から1964年(昭和39年)にかけて内閣が国会に3回にわたって提出した法案で、いずれも審議未了で廃案になった。

 欧米の企業規模の拡大に対抗するためには何時までも保護貿易主義では太刀打ちできない。
国内の企業規模の大型化は必死の情勢に鑑み官民一体で取り組まねばならない
・・・との発想から出たものではあったが。。。。

 貿易の自由化という外資参入の危機感から、通産省企業局が立案し、同局課長らと共に推し進めた「国内産業向けの合理化構想」の法案であった。

1962年(昭和37年)、フランスを手本にして提唱した。
(小説では、キァリア組にもかかわらず志願して特許庁の課長に身を置き、フランス語の夜学に通う牧順三が、やはり希望してフランスへと渡り、勉強の成果をもとに法案の準備に奔走する設定になっている)

フランスの手本は
「企業の大規模化のためには、民間だけに任せたのではダメで、政府が権力を持たずに民間と平等の立場で参加する、との官民協調の推進策」であった。

 経団連会長は「形を変えた官僚統制」として反対などもあって具体化しなかった。
この法案は、通産省、金融界、産業界の三者の協調による経済体制を目指したものであったが、野党、業界、全銀協などが反対の立場をとった。

また、この法案を巡って通産省内での対立もあった。
これらの省内での確執や業界の説得の様子はこの「官僚たちの夏」で巧みに描かれている。


日本は、その後国内の事情にかかわらず否応なしに国際競争の波に巻き込まれ貿易自由化へと急速に突き進んでいった。
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by m-morio | 2009-11-01 11:26 | | Comments(0)