ブログトップ

はじめのいっぽ

hiro1029.exblog.jp

日々雑感を記録します

<   2011年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

先日、久しぶりに会った知人との会話で、

「趣味のパソコン、続けてますか?」
・・・とおっしゃる。

「あれっ」

私はパソコンが趣味とは思っていないのですが・・・・。

パソコンを 「道具」 として使ってはいますが、「趣味」 ではありません。

確かに、毎日、パソコンの前には座ります。
目的の一つは、日々起こる世の中の動きを報せる「報道」をチェックし、スクラップするために座るのです。

何のためのスクラップ? 

もう何年も続けているので、その量は膨大です。
・・・かといって、それらをいつも使うのかといえば ”NO” ですね。
今後、二度と見直すことがないかも知れない情報が多いのかも・・・

例えば、今アフリカ大陸を中心に起こっている「民衆による政変」に関しては、結構克明に集めています。
チュニジア、エジプト、リビアそして中国、北朝鮮までを国ごとに分けながら。。。

これらは、生涯学習の「現代史」の勉強に必ず役立つものと思うからなのです。

過去に取り上げられた国々の歴史と絡み合わせながら事態の推移を見守っています。

だから

パソコンは趣味ではなく、「道具」なのです。

私にとっては。。。
[PR]
by m-morio | 2011-02-28 11:11 | 日々雑感 | Comments(0)
家族承諾による臓器提供を行った家族が新聞社の取材に答え「当時の揺れる思い」を語った
・・・・という記事が載った。

家族の承諾で脳死での臓器提供ができる「改正臓器提供移植法」が昨年7月に施行された。
提供数は大幅に増え、1月26日(2011年)現在、全国で32例になったとのこと。
しかも、うち30例が家族の承諾による提供。(11.01.28付道新)

移植法が1997年に施行されて以降、提供数は多くても年間13例で推移してきたが、改正法施行後は急増した。


70歳を過ぎてしまった私には、角膜を除いては年齢制限に抵触して提供できない。
だから「提供」する立場になる可能性は低い。
しかし、家族の中から「脳死」状態になる者が出ないとも限らない。
その場合には、私は「提供」の「是」「否」の決断を迫られることになる。
・・・もちろん、そんな事態など経験したくもないのだが。。。

先の報道の記事を見て、考えさせられた。
家族が提供したという「故人の病院での写真」も載せられていた。
「家族も一緒に写っているが下を向いている」・・・見る人が見れば誰かを特定できそうな気もする。
昨年9月に臓器提供を家族の承諾で行ったという。

当時の記事を見ると、様子が分かる。
当該病院は、全国で病院名の公表を控える中、病院名や家族承諾の経緯を、家族の了解のもとで公表している。
そして、病院としては、「経緯の公表で、移植医療の理解が深まる」
と・・・・・。

今回の記事には、家族の苦渋の決断だった様子が細かく書かれている。
体を傷つけたくないけど・・・・「母さんの意思を大事に」との一念のようだ。

以前、「臓器提供」について私見を書きました。
「死について」その4では、「遺族の決断」について触れました。

なぜ、マスコミは提供者の遺族をこうまでして追うのでしょうか

本来、関係者の氏名等は伏せられているのではないでしょうか

こうして表ざたに取り上げられるということは、誰かが明らかにしたのでしょうか

病院関係者だろうか。新聞社の執拗な追求に負けたのだろうか

それとも、家族が名乗り出たのだろうか?

当時、私が言いたかったのは、一点でした。

遺された身内の者は、臓器を提供するか否かという究極の決断を迫られ、精神的にf押しつぶされそうな極限状態にあったはず。
遺族が辛い判断に迫られたのだから、その後マスコミに追われるようなことになって欲しくない

・・・という。
これは、私の身勝手なのでしょうか。

記事の家族の方は、マスコミの取材を二つ返事で引き受けたとは思われない。
ましてや、今回の記事の場合は、提供後4ヶ月ほどしか経っていない。
相当な葛藤もあったのではないだろうか。
そっとしておいてあげられないものなのでしょうか。

「脳死患者の家族のケア」が話題になります。
それは
第1期・・入院直後
第2期・・入院2~4日
第3期・・脳死を受けとめる時期
などといわれるらしい。

しかし、それで事が終わるわけではない。
家族は、一生 「提供したことが”よかったのか”」 と思い悩むといいます。

今回の記事は、脳死と判定されて僅か4ヶ月です。
家族の方々の気持ちが落ち着いた・・・とはとても思えないのです。

そんなタイミングでこうまでして記事にしなければならないのでしょうか。

勝手な想像かもしれませんが、法改正後、道内では家族承諾による臓器提供は3例あるという。
この方はその3例目とのこと。
勘ぐると、他の2例の方々の氏名などを調べ上げ、取材を申し込んだ可能性だって否定できない。

臓器提供者の個人情報は保護されるのではないのか
どこからか漏れたとしても、それを記事にするのはいかがなものか

・・・・・ただし、遺族が進んで申し出たのであれば私の一人相撲です。
[PR]
by m-morio | 2011-02-10 19:01 | 日々雑感 | Comments(0)
今、アフリカが騒々しい。
チュニジアに端を発した民衆による政権交代の波は各国に波及し、エジプトの大統領はその引き際が注目されている。
その事態はまだ流動的でもあるが、退陣は決定的である。
エジプト問題が起こる直前に、南北に分かれて対立していたスーダンで大きな地殻変動があった。
南部の独立を問う住民投票が行われ、間もなくその結果が決定し、アフリカ54番目の国家が成立するのは確実視されている。

そこで、この機会に「スーダン」について整理しておくことにする。

まず、アフリカの概要を。
f0020352_16193273.jpg
1 アフリカ
▽「独立」
 第二次世界大戦が終わるまで、アフリカはヨーロッパの国々の植民地であった。
宗主国にとって植民地は、資源と人材の補給基地でしかなかった。
ひたすら資源を収奪し、人間を奴隷として扱った。「暗黒の大陸」と言われた所以である。
第二次世界大戦後、民族意識が高まりアフリカの諸国は次々と独立を果たしていった。
「独立」と言えば聞こえが良い。しかし、その現実は厳しいものだった。

植民地時代、宗主国は、植民地の人々の教育に意を払うこともなかったがため、独立した国家を支える人材が不足していたのである。
結果として、政治は腐敗し、クーデターが頻発し、内戦が勃発した。

 アフリカの地図を見ると、国境線がほぼ直線になっていることに気づく。
本来、国境線は、自然の山や川に沿って形成されるものである。それが、定規をあてて線を引いたような国境線になっている。
宗主国は、現地の事情に関係なく、人為的に国境線を引いたのだ。
結果として、一つの民族が国境線によって分断され、別々の国民になったり、まったく縁のなかった民族が一つの国家として括られたのである。
この事実により、「一つの国家」という意識が芽生えず、国内で民族や部族が争うという事態が各地で発生した。

▽「資源」
 やがてアフリカに鉱脈など地下資源が豊富であることがわかると、「資源」をめぐる争いが頻発する。
例えば、ある国に豊富な石油資源が見つかると、欧米の石油メジャーが進出する。
有利な条件での石油取得に、政府の首脳を抱きこみ、国内に多額のお金が流入するが、その多くは、政府首脳のポケットに入り、一般国民は貧困のまま取り残されるという構図ができていく。
最近では、中国が石油を大量に買い付けている。資源が欲しい中国はアフリカ諸国に対する資金援助を急増させている。
日本も相応の援助を続けている。
しかし、日本の場合、独裁政権には援助しない、軍事関係の援助もしないという方針を持っているが、
中国という国はお構いなし、見栄も外聞もないというのが現状。
スーダン政府に武器を輸出し、独裁政権を支援し続けているのも中国である。

▽「社会問題」
 この「資源」の恩恵によって、アフリカ諸国の経済は成長している。
その一方で、厳しい現実が存在する。
アフリカ全体の平均寿命は50歳ほどである。これほど寿命が短い要因の一つにエイズウイルスが挙げられている。世界の感染者の6割超を占めているという。
エイズによって人口が減少している国もある。初等教育の就学率も約70%である。
また、「資源」の多寡によって、国と国には経済格差が進んでいる。
さらに、異常気象が多発したり、干ばつに襲われたり、乾燥地帯が豪雨に襲われたりという地球温暖化に伴う気候変動の激しさも厳しい現実である。

つづきがあります。ここが本番。
[PR]
by m-morio | 2011-02-05 16:50 | 市民カレッジ | Comments(0)
政治的なことを書くのは控えてきました。・・たまぁに書きましたが?!

私の場合
・目や耳に入ってくることのみが情報です。
・また、私が正しく事実関係をしっかり整理・把握しているわけではないこと。
・表現が稚拙であるため誤解を招きかねないこと。

・・・が理由で、時事問題は避けたいのですが、
どうも最近の政治の動きが気になるので少しだけ触れます。

日本は、総理大臣が猫の目のように変わり、経済も低迷し、国際的にはほとんど注目もされていない・・・・・。
オバマ大統領の一般教書演説(今後1年間の施政方針演説)の中に「日本」の言葉は皆無だったとか。
「中国」「インド」「韓国」などは何回も使われたのに・・・・・・

経済大国といわれて久しいです。
名目GDPが中国に抜かれてとうとう世界第3位になったという。
そんなことは大して気にすることはない。
国民一人当たり換算すると、日本は中国の10倍だというのだから。

しかし、長引くデフレと経済の低成長という悪循環が、わが国の衰退を早めているような気がします。

2011年度の予算案では国債発行が税収を超えるとのこと。
そのため、国債の発行額が1000兆円目前まで迫ってきています。

先日、米国の企業が行った格付けにおいて、日本の国債の格付けが引き下げられたと報じられました。
その格付けも、財政難で信用不安がくすぶるスペインよりも下になったことや
引き下げによって中国や台湾と同列になってしまったことは、ちょっと屈辱的。

閣僚といえば、“疎い”からとコメントすら出さない総理大臣、民間による格付けだからと総理を擁護する周囲。

懸案が山積するにもかかわらず政治は国民を無視して漂流しつづけている様には、
怒りを通り過ぎ ”むなしさ” を覚えます。

菅総理は「消費税」の増税を口にしていますが、今のデフレスパイラルの現状下で実施したならば、
国家の財源としてはある程度の助けにはなるのでしょうが、我々庶民の消費意欲は確実に減退するのではないでしょうか。

5%が10%に引き上げを想定したとき、私たち年金生活者を中心に生活防衛のためには、まず、買い控えという行動に出ざるを得なくなると予想されます。

この影響は無視できないでしょう。 65歳以上の人口は23%を占めているのですから。

もちろん、消費税の増税は避けられないのかもしれません。社会保障制度の維持のためにも。
しかし、その前にやることがあるような気がします。バラマキを止め、支出を抑えること等です。

人口は減少局面に入りました。
(H18、19年はほぼ横ばい、H20年▲79千人、H21年▲183千人、H23年1月速報値で前年比▲11万人)
年金制度の維持も、若い世代にしわ寄せするには限度があるでしょう。
経済の成長なくしてわが国が立ち直る方策はないとも言われます。

TPP(環太平洋連携協定)に参加すべきか否か、賛否両論が渦巻いています。
我が北海道は圧倒的に「反対」が多い。
なぜこんなにも反対するのか。相応の事情がある。
それを無視するような菅総理の「開国」宣言は納得がいかない。

いつもそうだが・・・沖縄の基地問題同様に説明が足りない、現状を踏まえてこういう対策をするから納得してくれという根回しがない。
国民の全てが満足するような施策はないのかも知れないが、全国から集まっている議員総出で地元の現状・要望を吸い上げるという努力がなければ、いつまでも反対コールが止まないのではないでしょうか。

TTPがらみでの食糧問題は大事です。
とにかく少子高齢化は休むことなく続いています。

国内の消費能力はもう大して伸びないでしょう。  企業は輸出を目指さなければなりません。
食糧の自給率も40%そこそこといわれています。 輸入が頼りです。
“関税”問題はますます避けて通れないのではないでしょうか。
しっかりとした舵取りをお願いしたいのです。

急務とされる財政再建や消費税引き上げ等等の工程表作りを含めて答えを出さねばならない年のようです。

“おかしいぞ!”というご意見もありましょう。
ちょっと違うなぁ・・という方もありましょう。

推敲することなく、思いつくまま書きなぐりましたので。。。。。
[PR]
by m-morio | 2011-02-03 10:15 | 日々雑感 | Comments(0)