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はじめのいっぽ

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日々雑感を記録します

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■その後のシリア と イスラエルの不安

 原発問題に眼を奪われながらも、諸外国の動向が気にかかっていた。
特に、あの「アラブの春」はその後どのようなことになっているのか。 チュニジアは? エジプトは?
「緊迫する中東・アフリカ情勢」のシリーズは6月に小休止に入って、既に3ヶ月。
情勢の変化は個々の国によってさまざまである。
今回は、「シリア」を中心に取り上げる。

参考までに、これまでに触れたことを一覧にしておく。
①、②シリア情勢・・・11.04.22、23
③中東紛争の構図・・・11.04.25
④リビア情勢・・・11.04.27
⑤コートジボワール情勢・・・11.04.30
⑥バーレーン情勢・・・11.05.03
⑦イエメン情勢・・・11.05.05
⑧レバノン情勢・・・11.05.13
⑨中東・アフリカのその後・・・11.05.28
⑩その後のエジプト・・・11.06.09

リビアにおいては、反政府派は、多国籍軍の空爆による支援もあって、とうとうカダフィ政権を崩壊に至らしめた。首都トリポリでは治安が回復、市民生活もほぼ正常に戻ったという。
だが、ガダフィ派拠点の中心部シルトなどでは戦闘が続き、反カダフィ派「国民評議会」による全土の掌握は難航していると伝えられている。f0020352_19492445.jpg
カダフィ大佐の所在も不明だ。評議会に対する国際社会の承認は進み、国連は9月16日、評議会が派遣した国連大使を承認し、国連本部前に並ぶ各国旗に混じって、新生リビアの三色旗が翻った。
しかし、早くも評議会内部で対立が起きていて、市民は冷ややかな目で見ているという。市民の「仲間割れしている場合ではない」との批判にどう応えていくのか注目されている。f0020352_19495375.jpg

このカダフィ政権の崩壊が、他のアラブ諸国に少なからぬ影響を及ぼしている。
カダフィ政権という、アラブで最も強権的な独裁政権が、民衆の抗議行動で倒されたことの影響は大きい。
チュニジアとエジプトの政変に次いで第2幕が始まったと言えるのかも知れない。

▼注目の的 シリア 
シリアでは、今年(2011年)の3月以来、反政府デモが続き、8月から事態は、一層エスカレート。
デモは、首都ダマスカスを含む全国各地に広がり、アサド政権は、軍や治安部隊を動員して、武力弾圧を続けている。
外国の報道機関の取材がほとんど認められていないため、詳しい情報が入ってこないが、デモ隊に向けた無差別の砲撃や銃撃が行われ、大勢の死傷者が出ているほか、学校や住宅も破壊されているとの報道もある。
これまでの弾圧で、少なくとも2600人が死亡したともいわれる。

注)現地に入っての報道陣取材が認められないということは、電話などによる取材になるのだろう。新聞に載る「人権団体によれば・・・」という記事を見ると、なんとなく胡散臭いような気がしてしまう・・・・へそ曲がりの感想!
注)アサド体制
シリアで約40年続くアサド父子による独裁体制。1970年にハフェズ・アサド国防相が無血クーデターで首相に就任。71年の国民投票で大統領に当選した。
アサド氏の出身である少数派イスラム教アラウィ派に対する多数派スンニ派の不満が高まり、78年から82年にかけてムスリム同胞団の反政府運動が活発化したが、政権はこれを弾圧し、数万人とされる死者が出た。ハフェズ・アサド大統領は2000年6月に死去。同7月に次男バッシャール・アサド氏が後継大統領に就任した。

アラブ世界では、強権的な政治体制を敷き、シリアと友好関係を結ぶ国が少なくないため、これまで表立った批判は出てこなかった。
しかし、欧米を中心に「大虐殺」(米・クリントン国務長官)との批判が強まり、アラブ諸国もシリア情勢を無視できなくなった。

続く
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by m-morio | 2011-09-23 20:07 | 市民カレッジ | Comments(0)
◇歴史に学ぶ

 随分スペースをとって「原発問題」を考えてきたが、少々長すぎてとりとめのないものになった。この辺で一区切りとする。

 最後に、過去の原発事故に触れておく。
ただ、原発の仕組みなどは、素人にとってはきわめて難解だ。よって、以下の文では、かなり素人っぽい表現で、事実を正確には表していない部分があることをご了承願いたい。
こんな事故だったのだ・・・・程度の理解の参考にしていただければ幸い。

なお、米国とウクライナの事故によって少なくない人命が失われている。しかし、その数は正確には把握できない面がある。放射能に起因する病気によって事故後に亡くなった場合、その原因が特定できないケースも多いという。よって、本稿では死傷者の数には敢えて触れていない。

▽スリーマイル島原発事故(TMI事故)
アメリカのスリーマイル島原発2号機の事故によって「原発安全神話」が崩壊したと言われた。f0020352_11254553.jpg
しかし、32年後、福島第1原発の事故で、再び世界中で「原発の安全神話の崩壊」が叫ばれている。

振り返ってみよう。
スリーマイル島は、ペンシルバニア州の首都ワシントンから約150キロのミドルタウン市の中央部を流れるサスケハナ川の中州にある。原発近くの国道沿いには、今、住宅がぽつりぽつりと立っているという。その目前では、そびえたつ4本の冷却塔のうち、2本から水蒸気が勢いよく吐き出されている。
事故があった2号機とは別に1号機は現在稼働中のため、解体して廃炉にするのは、1号機の廃炉時に同時にするという。このため2号機は現在、監視体制のもと、そのままの状態で置かれている。

事故は、1979年3月28日に起きた。
運転開始して三月にもならない新設の原子炉が冷却材を失って炉心溶融(メルトダウン)にいたった。
冷却材とは、この炉の場合、「水」であるが、炉心から熱を取り出して発電に使うと同時に、炉心が加熱して溶けないように冷やすという重要な役割を担っていた。

冷却水がどこかで洩れると原子炉内を連続的に循環しなくなる。炉心の温度は上がる。      
通常、このような事態が発生すると自動的に補助ポンプが動き冷却水を補うような仕組みになっている。
しかし、この事故では、この補助ポンプが作動しなかった。勿論、補助ポンプはいくつも設置されていて、一つが作動しなくても、他のポンプが作動することになっていた。
この別のポンプへの連結もうまく作動しなかった。
原因は、別のポンプの弁が閉じられていたことだった。事故が起こる前の点検の際、誰かが弁を閉めてしまって、開けるのを忘れたらしい。

約16時間後に冷却水のポンプが稼働し、圧力容器にも損傷は見られなかったことから、拡散した放射性物質はわずかだったとされる。
原発は、何重にも安全装置が施されていて”どんな事態になっても安全”だという言い分はその根拠を失ったのである。

高熱・放射能などのため、炉心の写真を撮ることができたのが3年後。
6年後、アメリカ政府による調査報告書で「事故発生後2時間半で、炉心部の金属はウラン燃料とともに融けだした」と発表した。
炉の中心部は原形をとどめていなかったという。どろどろになって崩れ落ち、瓦礫と化した燃料を取り出すことができたのは、10年後であった。 原子炉の放射能汚染を除染できたと確認できたのは14年後のことだった。

もう少し続きます
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by m-morio | 2011-09-19 11:43 | 市民カレッジ | Comments(0)
他国に学ぶ
▽オンカロ
 いつか、世界で唯一つの放射性廃棄物の処分場として「オンカロ」という言葉を使ったような気がする。
あるいは、単にその国の名「フィンランド」と書いただけだったかも。。。

フィンランドに作られつつある「地下特性調査施設」(ONKALO)のことである。f0020352_10171167.jpg
注)フィンランド:
人口533万人、国土は日本の9割ほど。1995年欧州連合(EU)加盟、1999年欧州通貨同盟加盟。
古くから製紙・パルプ産業に支えられた国で、大量の電気を必要とし、電力の約30%は原子力に依存している。
2ヶ所の原発、4基の原子炉を保有。欧州では、フランスと並ぶ原発推進国。
ウランも埋蔵し、硬い岩盤に覆われ、身体に感じる地震はほとんどない。
天然ガスや石油を、隣接するロシアに頼りたくないとの意識が強い。
先のウクライナ問題を目の当たりにしているからだろう。
福島の事故後、政府は再生エネルギーの開発にも力を入れ始めたらしい。

オンカロは、首都ヘルシンキの北西240km、バルト海のボスニア湾沿岸に近い「オルキルオト(島)」(面積およそ12k㎡)にある。
人口は2千人程度の過疎の村であったが、原発の立地によって地元民はいろいろな職を確保でき、国内でも屈指のリッチな自治体となった。

オルキルオトの原発は1号機と2号機がそれぞれ1978年と1980年から創業しており、3号機の建設が2005年から開始されている。
さらに4号機の建設計画も2010年に国会が承認した。オンカロは、この原発から1kmのところにある。
原発で発生する使用済燃料は、所内の中間貯蔵施設で貯蔵されている。
また、発電所内で発生する放射性廃棄物の処分場もあり、地下60m以上の深さのサイロ型の岩盤空洞で、1992年から処分が実施されている。

オルキルオトのオンカロは、f0020352_10203999.jpg
世界で唯一つの”高レベル放射性廃棄物”の地下処分場で、工事は2004年に始まった。
現在、トンネルを掘り進み、深度は438m、トンネルの長さは4.8km(2011.9.9現在)。
地下520mまで掘る計画である。フィンランドの電力会社2社が共同出資したポシヴァ社のHPにその進捗具合が随時掲載されている。f0020352_10284977.jpg
(このHPは、フィンランド語なのでチンプンカンプンだが、雰囲気的にはこれがそうか !(^^)! ・・・と思われる欄があるので探して。。。)
操業開始は2020年で、100年後の2120年まで使用する予定で、その後、厳重に封鎖され”10万年”後まで安全だとしている。

何度も触れるように、原発を運転すると、燃料のウランから、さまざまな放射性物質がたくさんできてしまう。
この後始末が極めて厄介なのである。
原発で使い終わった燃料の中の放射能の害を無視してよい状態になるまで、きちんと保管・管理しておかなければならない。
ヨーロッパでは、この「待ち時間」を"10万年"と見ているのである。
オンカロはこの目的のために工事が進められている。

▽フィンランドで処分の対象となる高レベル放射性廃棄物は、2箇所の原子力発電所から発生する使用済み燃料である。
フィンランドでは、これらの使用済燃料を再処理せずに、そのまま高レベル放射性廃棄物として処分する「直接処分方式」をとっている。
フィンランドで計画されている使用済燃料の処分量は、運転中の原子炉4基と現在建設中の1基から発生すると見込まれている
合計5500トンである。同国では、さらに1基の新規原子炉施設が承認され、それに対して、処分場で最大9000トンの使用済燃料の処分が可能になっている。

参考までに触れると、
使用済燃料は、外側が銅製の容器、内側が鋳鉄製の容器という二重構造の容器に封入して処分される。外側の銅製の容器が腐食に耐える役割を、内側の鋳鉄製の容器が荷重に耐える役割を各々担っている。
容器は、3通りのサイズのものが考えられていて、これは3つの異なるタイプの使用済み燃料に対応するためだという。

因みに、その他の国で、処分場の「候補地」が上がっているのは「スゥエーデン・フランス・米国・ドイツ」である。

▽日本における現状
 原発から発生する使用済燃料は、有効利用のため”再処理”により有効活用することになっていて、再処理後に残った廃液を固めたガラス状のものが処分対象の高レベル放射性廃棄物となる。
この処分については、平成12年度に法律の整備がなされ、実施主体である「原子力発電環境整備機構」(NUMO)が設立された。
地下300m以上の地下に処分することが基本方針とされている。
NUMOは、平成14年12月から、高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の設置可能性を調査する区域を公募している。
今後、応募のあった区域の中から概要調査地区の選定が行なわれる予定になっている。

しかし、ご承知のように、過去に高知県東洋町が一度応募するも、住民の反発で撤回した経緯があり、その後、手を挙げる自治体はない。

注)本稿には、主に、経済産業省 資源エネルギー庁 の 「諸外国における高レベル放射性廃棄物処分への取り組み」を参考にさせてもらった。
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by m-morio | 2011-09-14 10:34 | 市民カレッジ | Comments(0)
ここ2ヶ月ほど、「原発」を取り上げている。

身内からは、“なんだか七面倒臭いことを書いているなぁ”・・と呆れられている。

そろそろ打ち止めにしようかとも思うのだが、問題が“現在進行形”なので、そのきっかけをつかめない。

更に、この原発問題を「受け売り 現代史」の括りに入れておいていいのかなぁという悩み。 

これも、そもそもは現代史の講座で「核の諸問題」を勉強した流れに乗っているため、現状維持とせざるをえない。

よって、今日も原発のことを・・・・。

「原発」に関するupは、すべてがいろいろな報道を読み・聞きかじったことを事実に沿って書いているに過ぎない。
私個人の「意見」や「考え」は極力抑えているつもりである。
本稿のもともとの目的が「後で振り返る時のためのメモ代わり」の場所という位置づけだから。。。(とても、記憶に留めておくことは不可能だから)

でも、言葉の端には少しずつ私の思いもにじみ出てきているようだ。

原発問題で気がかりなことを、もう一度挙げておく。

▽「原子力発電所」というものは、世界中の英知を集めても制御不能な“代物”を内包しているということ。
その“代物”が、54基(この他に、閉鎖中のもの4基、建設中のもの3基、停止中のもの1基がある)狭い日本の国土に点在しているのである。

これらの「原発」に、何時、どんな事故(地震であれ、津波であれ、人災であれ)が起こるか予測は不能である。
しかし、一旦事故が起こるとどんなことになるのか。

今、その一つの例ともいえるのが「福島第1原発」である。

事故発生以来半年が経過したにもかかわらず、依然収束の見通しは立っていない。
 
原子炉への注水は続くも、温度がなかなか下がらない。
最近になって、1号機では溶けた燃料の大半が格納容器にまで落ちている可能性があるという。
問題なのは、その溶けた燃料が炉内のどこにあるのか特定ができておらず、手探り状態で注水を行なっているのだという。
しかも、この注水にしても、日仏米などの技術の寄せ集めであるがためになかなかスムーズに稼動しないのだとも報道された。

半年が経ってやっと原子炉の詳しい状況が分かりつつある。

一方では、未だに「放射性物質」が排出され続けているという現実がある。

 東電によると放射性物質の放出は8月の段階で最大で1時間当たり2億㏃、事故直後の1000万分の1にまで減ったとはしているが、まだこのレベルなのだ。

原子炉内の核燃料は人間をあざ笑うかのように勝手気ままに暴れている。

“制御”できない「代物」なのである。

▽もう一つは・・・・
放射性廃棄物の処理問題である。
いつもおかしな話だと思っているのだが、核燃料は、これ以上利用できないという最終廃棄物が必ず残る。
「核のごみ」である。

当然、その放射能を含んだ廃棄物の処分方法・場所も準備しておいて当然なのだが、これができていない。
どうやら、原子力による発電の研究が始まった頃から、放射性廃棄物がこれほど深刻なものになろうとは考えてもいなかった気配がある。
「何とかなるだろう」と見切り発車したのである。

核燃料を有効に使おうと、再処理工場を作ります、プルサーマル計画を推進します、というが、いずれも中途半端。
我々が毎日利用している電気を送り続けるということは、毎日毎日「核のごみ」の予備軍が排出されているのだ。

そもそも再処理された燃料を使おうとして計画された、あの高速増殖炉“もんじゅ”が頓挫していて、その行末は全く見通せない現状なのだ。

全国で54基の原発のうち、動いているのは11基だ。
再稼働できないと運転中の原発は年末には6基に減り、来春にはゼロになる可能性はゼロではない。

例えば、それが現実となり“脱原発”が推し進められたとしても、放射能で汚染された原子炉建屋などや核燃料の後始末はどうなるのだろうか。
莫大な費用と時間をかけ、その残骸は何処に、どのようにして保管管理されるのだろうか。

▽野田政権は、今すぐ“脱原発”に踏み切るのではなく、
電力を「経済の血液」と位置づけ、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。 

その場合でも、再稼働の条件に導入したストレステスト(耐性検査)を着実に実施し、原発の運転再開を実現することが欠かせない。
運転再開への最大の難関は、地元自治体の理解を得ることだろう。 
                                                        
 「原発の安全について国が責任を持ち・・・・」との意見も眼にする。
しかし、この“安全”が曲者。
本当に“安全”なのか? 真の“安全”なんてあるのか?

“国が責任を”というが、どんな責任の取り方があるのか?
人命を失ってからでは、何の“責任”か と・・・

まさに「責任」を問われることにもならないのか。

政治家のお粗末な言動は目を覆うばかりだ。鉢呂さん、たった9日目で辞任するという体たらく。
後任は枝野さんらしい。「原発」について、どんな考えを示すのだろうか。

軽はずみな言葉はいらない。

今、私の頭は混乱するばかりだ。
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by m-morio | 2011-09-12 14:16 | 市民カレッジ | Comments(0)
およそ1ヵ月かけて写真集を作りました。

その写真集を、先日受け取って 

むっ・・・!!

なんだ これはっ・・・?

欠陥商品か?

なんと表紙は真っ黒 で 文字も、写真もないf0020352_15555553.jpg
慌てて 中を捲ってみて びっくり・・・
表紙になるはずのものが1ページ目に・・・

ここで やっと 自分のミス に 気付きました。

とほほ(^_^;)

この一月はこの写真集つくりに心血を注いできました(一寸 オーバーですが)
10年間分の写真の中から、限られたスペースに、どの写真をどのような順序で、どのくらいの大きさで・・・と試行錯誤の毎日でした。

何度も写真を入れ替え、サイズを調整し・・・の繰り返しでした。

実は、期限がありました。

なぜ!?

それは この写真集が 孫の たっくんの 10年間の成長の記録なのだから。
何とか10歳の誕生日には間に合わせたいとの一心でした。

8月の下旬には、もう間に合わないかも知れないので、たっくんに電話して、間にあわないかもしれないので 
そのときは ごめん と 先に謝っておきました。

でも 誕生日に間に合うと、そうでないのとでは 値が違うだろう・・・との思いで、じいじは がんばりました。

ですから 日数を逆算しながら 最後は 大いに焦りましたよ。

そんな状況だったために 最後の最後で 画竜点睛を欠いてしまい、写真のような きわめて情けない写真集になってしまいました。

表紙には、最近の彼の“勇姿”が バーン と 載る はずだったのですよ。

見っともない・・・とはいいながら、中身はまあまあの出来なのではないかと思っているのですが、

たっくん の反応は?

10歳の彼にとっては、今は 別のプレゼントのほうが嬉しいでしょう。

写真集は、じいじ が 押し付けたプレゼントです。

でも、後10年経って 成人したときに たっくん が この写真集を 手にして “じいじ ありがとう!”といってくれれば本望です。

じいじ も それまで 元気に過ごさねばなりません。

たっくん 誕生日 おめでとう!! 今日は たっくん の 10回目 の 誕生日!

写真集の裏表紙
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by m-morio | 2011-09-10 16:06 | たっくん | Comments(0)
9月に入った。
秋だ・・・
しかし、残暑の厳しさはまだまだ続きそう。今日の予想気温は33度だとか。
福岡や京都に負けていない。

しばらく、ある作業に没頭していたので何時もの生活のリズムに少し変化があった。
その作業も、月末を待たずに終了したので、やっと通常のペースに戻り、時代小説を読んだり、コーヒー片手にこのブログの更新に精を出せるようになった。

先の1ヵ月を振り返ってみると・・・・・・・

菅さんが退陣し、野田さんが首相になった。
菅さんの置き土産の”脱原発”はどの方向に向かうのだろう。
野田さんの意向は未だ不透明である。いずれにせよ原発を積極的に推進するとは言わないだろうとは思うのだが。

政治の動きは少し横において・・・・

北海道は今、大きく揺れ動いている。
北電の泊原発の問題である。

▼プルサーマル計画
 プルサーマル計画の推進に関わる道主催のシンポジウムで”やらせ”が発覚し、北電側もその事実を認めたという。

3号機の本格稼動の承認を待っていたかのようなタイミングでである。

さらに、今朝の朝刊一面には「北電 国シンポでも 動員」と大きな見出しが躍った。

どうも、この“やらせ”問題はすっきりしない。
当初、担当者はその事実を否定し、後日、それを認めることになった。
この辺りが不思議だ。
何十年も前の話ならともかく、たかだか数年前のことである。詳細な文章まで記憶していなくても、メールを発した事実をも忘れたというほうが不自然。
既に、九電で同種のことが問題になった直後である。担当者は当然身構えていても不思議でない流れだった。
それとも、この種の行動は、取るに足らない瑣末なこととの認識だったのだろうか。
保身のため・・・・できれば言い逃れしようということなのだろう!

その影響は小さくない。
プルサーマル計画をもろに揺さぶったからである。
北電は、プルサーマル計画の凍結を表明したが、凍結でよいのか・・・”撤回”すべきとの意見も出始めている。

プルサーマル計画の凍結・撤回の影響を注視しなければならない。

承知のとおり、プルサーマルは、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し、ウランと混ぜてMOX燃料を製造し、再び原発の燃料として使おうというものである。
その背景には、原発の燃料となるウランは海外からの輸入に依存し、国は、ウラン資源の有効利用を目指す核燃料サイクル政策の柱としてプルサーマルを位置づけてきた。
更に、日本は核兵器の原料になるプルトニウムを余分に保有しないという国際公約をしており、プルトニウムを減らすためにも計画が必要だと説明している。

そもそも、原発で生まれるプルトニウムは、「高速増殖炉」で使う計画だった。
高速増殖炉は、発電しながら燃やした以上のプルトニウムを生み出す「夢の原子炉」と期待されていた。
しかし、この原子炉「もんじゅ」は相次ぐ事故でその計画が頓挫し、膨大な時間と費用を投入してきて、未だその行末を見極められない状態に、世間の目が厳しくなりつつある。

国や電力会社は、高速増殖炉の実用化までの「つなぎ」としてプルサーマル計画を立てていたけれども、プルトニウムを減らすためにプルサーマルを進めざるを得ないとの見方もある。

北電は、MOX燃料の製造は、現状、国内では処理できないため、その製造をフランスの企業に委託している最中である。

注)北電では、イギリスの燃料工場とも契約しその製造を委託してきたが、先月その工場が閉鎖することになったという。MOX燃料を加工する大規模な工場は世界的にも数が少なく、日本が今後もプルサーマル計画を続ける場合には、電力会社は新たな加工先を確保する必要がある。
北電の場合、この英国の工場には既に泊原発から出た使用済み核燃料を約21トン運び込み、再処理という工程を経てプルトニウムを抽出し現地に保管している。
このプルトニウムに、ウランを混ぜてMOX燃料に加工する予定だったが、今回の工場閉鎖でプルトニウムの行き先が宙に浮いてしまった。

もしも、プルサーマル計画凍結・撤回が現実化した場合には、いずれ、これらのプルトニウムを引き取らねばならなくなる可能性も予想される。

プルサーマルを実施しているのは現在3基のみ。
福島第1原発3号機でも実施していたが、事故後、プルトニウムが周囲に飛散したとみられるが、事故の検証は着手すらされていない。

日本は、核兵器の原料となるプルトニウムを余分に保有しないと国際公約をしているので、この取り扱いは難題である。

▼風力発電
 少し遡るが、
ソフトバンクが大規模な風力発電事業への参入を検討していると報じられた。
苫前町を視野に入れているという。(11.08.19)
ところが、北電は、「新規の風力発電による電力は買わない」と発表した。
再生エネルギー特例措置法が施行されても、
「電力の安定供給のため、同社が独自に定めた風力発電の買い取り上限が既に満杯のためで、同法の下でも新規買い取り拒否は例外規定で認められている」
としている。
このため先のソフトバンクの苫前町での計画などの動きは、今後北電の方針が変わらない限り、新たな設備投資は困難になる。
発電の量や周波数が不安定な風力が増えると、電力の安定供給に支障が出るとして、買い取り上限を設定しているらしい。

ただ、まだ理解できないのだが、
8月30日日経によると
コスモ石油が風力発電に参入し、関東・中部・関西で200億円超の設備投資を計画しているという。
東電、関西電、中部電の意向は判然としないが、少なくとも北電の場合と共通するのは「安定」なのだろう。
一方では、不安定だからダメという、一方は多額の資金を投入していこうとする。関係する電力会社が受け入れるからこその計画だろう。 北電には体力がないということか。

何が違うのか? 事の推移を注視したい。
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by m-morio | 2011-09-01 15:21 | 市民カレッジ | Comments(0)